2000年サミット沖縄で首脳会議


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2000年サミット沖縄開催決定(4月29日)

 小渕首相は4月29日、2000年サミットを「九州・沖縄サミット」とし、首脳会議を沖縄で開催することを決めた。閣僚会議は福岡市と宮崎市で開催する。6月のケルンサミットで各国首脳を招待する。開催は2000年7月中旬から下旬。

 サミット開催地の決定は4月末から一転首相の訪米後と先延ばしされたが、訪米後ではアメリカの意向を聞いて開催地を決めたととられかねないとして、28日の決定に戻し、さらに28日には最終決定にいたらず29日午前、沖縄開催を決めた。

 野中官房長官は沖縄開催について「|惨間で20万人の署名が集まるなど熱意、長い歴史の痛みへの配慮、8民の熱い期待、に首相が応えた」ものと記者会見で述べた。

 稲嶺沖縄県知事もTVインタビューで「サミット開催は21世紀の沖縄発展に大きく貢献すると確信している」と述べた。

サミット開催地今月中に決定

■吉報を待つ沖縄県民、要請行動が最後の決め手

 沖縄でサミットを開催するか否かの決定が近づいている。政府はサミット開催地について遅くとも五月初旬には決めることとしており、開催地に立候補した沖縄の悲願も四月中に決まる。

■全市町村が誘致決議、遅れ取戻せと署名も活発化

 沖縄県は県庁内に「サミット誘致特別チーム」を編成して取り組んできたが、三月三十日には那覇市内のハーバービューホテルで「沖縄県サミット誘致県民会議」の結成総会を開いた。県内の財界、行政の関係者約一千人が参加「沖縄誘致を実現しよう」と決意を新たにした。

 大会では「経過報告及び規約の採択」を沖縄県サミット誘致推進プロジェクトチームの山田文比古班長が行った。続いて県民会議会長の稲嶺知事が挨拶、各界代表の県議会議長(県議会議長・友寄信助氏)市町村代表(沖縄県市長会会長・親泊康晴氏)経済界代表(沖縄県商工会議所連合会会長・崎間晃氏)女性代表(沖縄県婦人連合会会長・赤嶺千寿氏)が挨拶した。

 このあと大会決議、今後の要請活動を明らかにし、頑張ろうを三唱して閉会した。

 「みんなで呼ぼう、世界のサミット」を合い言葉に誘致実現に動き出したのは地方公共団体が五十四、団体が三百六、企業が百六十四、合計五百二十四団体である。

 「世界の目を沖縄へ、沖縄の心を世界へ」のキャッチフレーズで県内の全市町村五十二市町村が誘致を決議、署名も十六万人を突破している。政府への実現要請など東京要請活動は四月に行うことになった。

 沖縄県ではブセナリゾートに国際友好会館を建設し、ここでサミットを開き、プレスセンターは名護市二十一世紀の森を予定している。

 サミットは主要国首脳会議の略称で日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ、ロシアの八カ国とEUの首脳が年に一回集まって世界の経済や国際問題について討議する。来年(二〇〇〇年)の五月〜七月ごろ日本で開催される。会場には沖縄以外にも七つの自治体が誘致に名乗りを上げている。政府は六月に開かれるケルンサミットまでには開催地を決定したいとしており、沖縄誘致も正念場を迎えた。(第545号4月15日記事)

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