連載コラム視点603ワイド版
《特別論説》渡久地明(沖縄観光速報社)


同盟強化で基地縮小の環境整う
辺野古は不要だ
日本のテロ対策で明らかになったもの

■はじめに

 本論はテロ後の沖縄について、特に米国の主張を最大限に取り入れながら、沖縄基地が急速に縮小される環境が整ったことを明らかにするものである。それによってテロ後の沖縄観光のあり方にどのような変更が加えられるべきかについても触れる。

■観光の落ち込みは「基地被害」という世論

 米同時テロ事件に伴う沖縄への旅行の取消や観光客数の減少が予想を遥かに越える数字となった。これに反して沖縄以外の国内旅行は増加しており、海外キャンセル、沖縄キャンセルの旅行客は安全と思われる国内にシフトした。シフト先はTDSやUSJである。

 沖縄が改めて米本土やハワイ、グアムなどと同じアメリカ国内であることが浮き彫りになったといってもよいだろう。TBSの筑紫哲也ニュースに生出演した小泉純一郎首相は沖縄から参加した視聴者の「テロで沖縄観光の落ち込みが激しい」との問いに対し、「ハワイやグアムも同じだ」と応え、沖縄がアメリカと同じ状況にあることを改めて確認した。観光業界はもちろん他業種の県内企業からも観光客の落ち込みは米基地の存在によるものだという声があがり、基地縮小に向けた世論が醸成されつつある。

 OCVB(稲嶺恵一会長)が主催した十月十五日の沖縄観光安全宣言大会ではホテル組合の宮里一郎氏が「基地被害であり、災害補償が適用されるべきである」との明快な意見を出し、十月二十七日に沖縄 戦略フォーラム(吉元政矩代表)が開いた緊急経済シンポジウムでも「観光関連企業はこれまで基地の存在に触れたがらなかった」「基地撤去を求めよう」との流れが生まれた。その後、県経営者協会(知名洋二会長)と連合沖縄(狩俣吉正会長)は十一月十五日「雇用・経済危機突破県民大会」を開き、修学旅行を中心にキャンセルが相次ぎ、観光産業から関連業種、雇用にまで被害が拡大している深刻な事態について「米軍基地が集中配備されていることに起因している」との認識で一致。政府に対し、「被害に対するあらゆる措置と『安全宣言』を担保できる必要な措置を緊急に講ずる」ことを求めるアピールを採択した。 この他、観光産業のダメージは基地被害であるとする声は日に日に高まっている。

 一方、観光のキャンセルと基地とは無関係とする意見もあり、その典型例は「航空機の利用を控えているから」(臨時県議会総務企画委での県側答弁、沖縄タイムス「記者のメモ」十一月十二日)というものである。

 また、「今年はもともと悲観的な調子で沖縄観光はスタートしており、それにいたる課題を何ら解決していない状態で新たにテロによるマイナス要因が追加されたのだ」という分析を本紙第六〇一号(十一月一日)で私が述べた。これはテロとそれ以外の問題を網羅している。

 しかし、本論の目的はこれらの議論を越えて基地縮小が劇的に進む根拠を明らかにし、これまでほとんど議論されなかった事実を改めて定着させることに尽きる。

■米が主張する沖縄基地縮小論〜アーミテージ・レポート

 沖縄基地縮小への働きかけは政権を問わず本来沖縄県民の要求であった。故西銘順治沖縄県知事は沖縄基地縮小を求めて米国防総省に直訴した最初の沖縄県知事であり、次の大田昌秀知事も同様の手法を継承した。現在の稲嶺恵一知事が基地縮小を求めて訪米し、パウエル国務長官、アーミテージ国務副長官と並んで握手する写真が世界中に配信されたのは就任後三年目の今年である。

 アメリカ側は明快に沖縄基地縮小を主張している。現実に分かりやすいのは九六年十二月のSACO協定である。この中で在沖米軍基地の再編・統合・削減が求められ、日米両国は普天間飛行場も含めて五千ヘクタール、十一施設に達する基地削減を行うことになった。

 さらに、〇〇年十月にアメリカで出た超党派の日米同盟専門家らの論文「米国と日本、成熟したパートナーシップに向けて」(いわゆるアーミテージ・レポート、以下、単にレポート)は「沖縄」という項目を設けその中でもっと踏み込んで沖縄基地を削減すべきだと次のように述べている。

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 「我々はSACO協定が第四の大事な目標を盛り込むべきであったと思う。アジア太平洋地域における(米軍基地の)分散化である。軍事的見地からすれば、米軍が地域全体で広範かつ柔軟なアクセスを確保することは非常に重要であり、一方政治的見地からすれば沖縄県民の負担を軽くすることが不可欠である。そうすることによって、永続的で信頼できるプレゼンスを確保できるのである。日本における米軍の戦力構造に関する検討はSACO協定の段階でとどめてはならない。米政府は、アジア全体を通じて海兵隊のもっと広範で柔軟な展開と訓練のオプションを考えるべきである」(ネクサス訳、以下同じ)。
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 これを素直に読めば「沖縄基地は削減し、そのかわり日本本土やグアムその他に米軍基地を分散しても全体の戦力が落ちない方法を採る」ということに他ならない。

 レポートについて少し解説しなければならない。昨年の米大統領選挙と開票に係わるごたごたは読者の記憶に強く残っているであろう。そのごたごたのさなかに発表されたもので、日米関係に関する一つの指針を示したものである。

 内容は「冷戦後の日米関係」をイントロダクションに「政治」「安全保障」「沖縄」「情報技術」「経済」「外交」の六項目にわたる意見や勧告で構成されている。レポートは特に「沖縄」に関する一項目を挙げ、慎重に取り扱っている点に注目しなければならない。

 レポートの前書きには「このレポートは米国と日本のパートナーシップに関心をもつ超党派研究グループの全員が合意した見解を表明するものである。これは政治的な文書ではなく、グループの見解に過ぎない。公表する狙いは、我々が重要と考える米日のアジアとの関係に首尾一貫性と、長期・計画的な方向性を注入することに尽きる」とある。

 執筆者にはクリントン大統領のもとで東アジアの米軍十万人体制を打ち出したジョセフ・ナイ元国防長官らが入り、民主・共和の党派を超えた日米関係の専門家十六人(注)が名前を連ねている。アーミテージ氏が中心になってとりまとめたことから、アーミテージ・レポートとして通用している。

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 (注)以下の十六人。リチャード・アーミテージ(アーミテージアソシエーツ)ダン・E・ボブ(W・ロス上院議員事務所)カート・キャンベル(戦略国際問題研究所)マイケル・グリーン(外交問題評議会)ケント・ハリントン(ハリントン・グループ有限会社)フランク・ジャヌージ(上院外交委員会民主党スタッフ)ジェームズ・ケリー(戦略国際問題研究所)エドワード・リンカーン(ブルッキングス研究所)ロバート・マニング(外交問題評議会)ケビン・ニーラー(スコウクロフト・グループ)ジョセフ・ナイ(ハーバード大)トーケル・パターソン(ジオ・イン・サイト社社長)ジェームズ・プリュジスタップ(国防大学)ロビン・サコダ(サコダアソシエーツ)バーバラ・ワナー(フレンチ&カンパニー)ポール・ウォルフォビッツ(ジョンズ・ホプキンス大学)。
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 新大統領に共和党のブッシュ氏が当選し、その後の組閣でアーミテージ氏は国務副長官として入閣した。レポート前書きにあるとおり、日米関係について長期・計画的な方向性の注入に成功したと言える。

 レポートは日本でも大きく取り上げられ、このレポートが出た後、「日本は明治維新のときのような根源的な変動を経験しつつある」「構造改革」「短期的な痛みも辞さない」「橋やトンネルや高速鉄道作りは何の効果もなく、中止すべきである」という小泉首相が誕生した。しかし、これらのキーワードは全てアーミテージレポートに網羅されているのである。

 沖縄に関する別の記述を見よう。「安全保障」の項目には次の要請がある。

 「日本による集団的自衛の禁止は米日間同盟協力にとって束縛となっている。この禁止を取り払えば、もっと密接で、もっと有効な安保同盟となるであろう。米国と英国のような特別な関係は米日同盟のモデルだ、と我々は思う」。

 さらに同盟強化のために具体的に以下の注文を付けている。@互いの防衛責任の再確認A有事法制の国会通過も含む新・ガイドラインの誠実な履行B平和維持活動や人道救難任務への完全な参加C機動性に富み、柔軟で、多様で、生き残り性がある戦力構造の開発D米国の軍事技術の日本による利用を優先させることETMDに関する米日協力の範囲の拡大、である。

 この中でCを補足するかたちで「米国は技術革新や地域開発を十分考慮に入れて、日本列島における米軍のプレゼンスを再編せねばならない。我々は日本における米国の軍事的足跡をできるだけ減らす努力を、軍事的能力を維持できる範囲内でなすべきである。この戦力削減の努力の中には九六年に締結されたSACO協定にある基地統合とその迅速な実施も含んでいる」と述べている。

 沖縄基地に関する重要なポイントは、第一に米国はSACO合意より踏み込んだ沖縄基地縮小を勧告していること、第二に集団的自衛権の行使や有事法制を整えることによって、日本(沖縄)での米軍の軍事的足跡を減らしたいという二点に整理できる。

■テロ後も足跡を減らす沖縄政策に変更はない

 アーミテージレポートの内容はアーミテージ氏の政権入り後変更はあるだろうか。このレポートの方向性を次の政権で実現すべきであるといって国務副長官になったのだから、政権入りによる内容の変化はあり得ない。

 ではテロ発生後変更があるだろうか。この点について、執筆者の一人に名を連ねているロビン・サコダ氏が十一月十三日に来沖したので、わたし自身が「アーミテージレポートではSACO合意より踏み込んで沖縄基地を削減すべきだと言っているが、テロ後それに変更はあるか」と確認を求めた。

 それに対しサコダ氏は「コンティニューだ。引き続き負担は削減されるべきだと考えている。しかし、それは米軍をエリミネートするということではなく、沖縄県民の日常から米軍のプレゼンス・足跡を減らすことだ」と答えた。

 サコダ氏はテロ後の日米同盟について、沖縄の学者やジャーナリスト、経済界に講演するため来沖したもので、私もあるシンクタンクで開かれた講演会に参加してテロ後の米国の変化を見ようとしたのである。九九年暮れ、米取材でアーミテージ、サコダ両氏に私はインタビューした。サコダ氏もそれを覚えているといい、私の質問にも明快に答えたのである。

 サコダ氏の講演の本筋は「テロ前とテロ後でそれまでの米国の課題(最大のものは税制である)、世界の課題には何の変更もなく、テロが新たな問題として追加されたのである。米国はテロ問題を抱え、一人で解決できない状態になった。日本はテロ以前からの懸案に取り組んで欲しい。さらに、 日本ができることを着実に実施して欲しい。それは集団的自衛権行使や自衛隊派遣を求めているのではない。他の外交、経済、人道援助、戦争後のアフガン復興などで果たす日本の役割は大きい」と言う点であったと思われる。

 そしてサコダ氏が「米政府が小泉政権で最も評価しているのは彼が今回のテロに関して七つの声明を発表したが、最初の一つである『 テロリズムとの戦いを我が国自らの安全確保の問題と認識して主体的に取り組む』と述べた部分である」と強調したのは重要である。

 これによって小泉政権は懸案の自衛隊の海外派遣、集団的自衛権の行使の問題に国民の反対を受けるまもなく踏み込むことになった。集団的自衛権行使については別項で述べる。

 整理すると、第一にテロ後も沖縄基地縮小の米方針に変更はない。第二に日本はテロ対策法によって自衛隊の海外派遣、集団的自衛権の行使に道を開いたことである。

■基地削減の条件〜沖縄への3つの宿題

 テロ以前の沖縄の基地問題に視点を転じ、九九年暮れの私の米取材にいたるまでの経緯を述べよう。

 冷戦後、日米はそれまでの敵国を仮想した同盟関係から、周辺の情勢に適応する日米同盟へと同盟の内容を変更した。それが九六年四月の橋本・クリントン日米安全保障共同宣言である。九七年九月二十三日、日本は新ガイドラインを発表。その後、新ガイドラインを有効に活用するためのの周辺事態法(ガイドライン関連法、九九年)へと発展する。

 これと平行して大田昌秀知事が日米政府に強力に基地縮小を求め、不幸な九五年の少女暴行事件を頂点に米側は沖縄基地に対する態度を明快に一変させた。普天間基地を移転するというのである。米政府は重い腰を上げざるを得ず、沖縄県民の負担を減らすために本格的な行動に出たのである。その大きな成果が普天間基地移設を含む九六年のSACO合意であり、〇〇年のレポートの中の沖縄基地のSACO合意以上の削減という主張であった。

 九七年暮れ、沖縄問題が日米の主要な課題の一つとして取り上げられるなか、普天間基地の県内移設をめぐって名護市の比嘉鉄也市長が市民投票のNO(受入拒否)に反して、市長として基地を受け入れ、そのまま辞任してしまった。後を継いだのは移設容認派と見られた助役の岸本建男氏である。岸本市長の誕生は九八年二月である。

 この市長選投票直前に大田知事は県内移設は受け入れられないと唱え、同年十一月の県知事選に突入。受入容認派の稲嶺恵一氏が新知事に当選した。この時、知事公約でSACO合意の名護市東海岸沖、千五百メートルの撤去可能な海上ヘリポート建設案が、二千七百メートルの滑走路で軍民共用の埋め立て本格空港、使用期限十五年へと変更される。滑走路が長くなる分については米側はNOとは言わなかった。しかし、十五年期限問題は当初から日米両国で問題になり、いま、〇一年暮れに当たって軍民共用の「民」の部分もホントは不要ではないかと名護市長や受入先住民が問題提起し、一層大きな問題になっているのである。

 稲嶺知事が登場するや当時の小渕恵三首相は「二〇〇〇年サミットを沖縄で開催する」と発表。沖縄問題は大きく前進するかに見えた。

 しかし、サミットと引き換えのようにそれまで県民を巻き込んで大激論した沖縄全域フリーゾーンやその他の沖縄振興策があっさり消え、代わって毎年百億円、十年で千億という北部振興策、中城湾港の特別自由貿易地域設置、那覇空港の沖縄型特定免税店制度へと沖縄政策の内容が入れ替わる。沖縄問題は国内の政治問題に成り下がったように見えた。

 この激動ともいえる変化は沖縄にとってどんな意味があるのか。沖縄問題は東京とワシントンで解決すべき国際問題であるとアメリカは言い続けてきている。そこで米側から見た沖縄の価値を確かめることが必要であると考え、ワシントンへ出かけることにしたのである。

 アーミテージ氏にいきなり「沖縄基地の問題は現状を何も知らない日米で話し合うのではなく、まず米は沖縄と話し合うべきである」と私が言うと、面白がったのか五分だけ会おうといっていた約束が四十分に延び、踏み込んだ議論になった。このやりとりの一部始終は〇〇年一月一日付の本紙を見てもらうことにして、沖縄基地のポイントは次の点であった。

 「沖縄の利点は三つある。第一にロケーションがいいこと、第二にロケーションがいいこと、第三にロケーションがいいことだ」と述べた上で「沖縄基地に長居はしない。アジアが安定したら沖縄基地は引き揚げる」というのである。その後、アーミテージ氏は〇〇年二月、読売新聞のインタビューに答え「十五年使用期限問題は、日米間で二、三年に一度、世界の軍事情勢についての協議会を設け、そこに沖縄県がオブザーバーとして参加するという方法で妥協できる」と述べ、同年十月のSACO合意以上の沖縄基地削減、と踏み込んだ発言に連なる。

 しかし、沖縄基地削減のために沖縄側としては大きな宿題を改めて認識せざるを得なかった。

 整理すると第一にレポートの「沖縄」の部分でいうSACO合意以上の基地削減に条件が付いているのかどうかである。レポートを素直に読む限り、「沖縄」部分に条件はない。日本側の働きかけによって削減が可能だが、日本政府をそのように動かすことが沖縄にとって面倒な仕事である。日本政府としては懸案を解決するに当たってタダよりこわいものはない、と思い込んでいる節もある。あるいは、沖縄基地の削減を日本政府が嫌がっており、これを説得するのが沖縄側のハードルになっているといってよい。しかし、小泉首相が普天間基地を本土側で受け入れると言えば簡単に解決しそうだ。

 第二にレポートの「安全保障」の部分で日本が集団的自衛権の行使に踏み切れば、沖縄基地は削減できるとハッキリいっている点である。もし日本がこれに踏み込めばアメリカ側から沖縄基地削減をいってくるほどの大きな効果があるだろう。

 第三にアジアが安定すれば沖縄基地は全面撤去である。

 第一の日本政府を動かす話は沖縄県の誕生以来、いや終戦直後から稲嶺県政にいたるまで歴代のリーダー達が引き続き政府に要請し続けている。問題は日本政府が動かないことである。基地を沖縄におくことと引き換えに振興策のオンパレードであるが、あまり成果が上がっていないのが現実である。第二、第三の宿題より沖縄にとって、こちらの方が面倒である。

 第二の宿題について、大田昌秀氏はレポートを詳しく分析して「日本が集団的自衛権の行使に踏み切れば、沖縄基地は削減されるが、それを日本国民に押し付けるわけには行かない。しかも有事法制まで踏み込めと言っている。有事法制ができたら大変なことになる」とインターネットの「おきなわ新世紀」(本紙第五九〇号、五九一号)で発言している。

 第三のアジアが安定したら、という局面については吉元政矩氏が「南北朝鮮は雪解けに向かい、中国の台湾統合について台湾が独自の軍隊を保持する形で解決に向かう」と九〇年代半ばに見通し、その上で国際都市形成構想と二〇一五年までの基地返還アクションプログラムを提唱していた。その後、その見通しはほぼ的中している(インターネット「おきなわ新世紀」本紙第六〇〇号、六〇一号収録)。このような解決に向けて日本政府が努力すれば、沖縄基地の撤去は当然である。沖縄には南北朝鮮、中台問題を沖縄独自の外交で解決しようと言う有志さえいるほどである。

 こう整理すると大変見通しがよくなってきた。もう少しで解決の糸口が見える。  

■集団的自衛権行使と「自己の管理下に入った者の防護」

 九月十一日の米同時テロ攻撃以降、日本政府は懸案だった安全保障問題を一気に前進させた。スピードが速すぎて国民はいったい何がどう変わったのか分からないほどだった。

 小泉首相は「米国における同時多発テロへの対応に関する我が国の措置について、基本方針として@テロリズムとの戦いを我が国自らの安全確保の問題と認識して主体的に取り組むA同盟国である米国を強く支持し、米国をはじめとする世界の国々と一致結束して対応する。(以下略)」との声明を発表して「テロ対策特別措置法」をつくった。自衛隊が米軍を後方支援できるようにするもので、戦時下の自衛隊の海外派遣が実現した。また「国連平和維持活動協力法」を改正して、武器使用の基準を緩め、活動現場に居合わせた他国の部隊や国連機関の職員を防護の対象に含めた。

 これらの法律は米国が前から日本に求めていた内容を含んでいるが、特に重要なのは「自己の管理の下に入った者」を防護対象としていることである。

 例として治療中の傷病兵や給食の列に並ぶ難民などを政府は挙げているが、何らかの理由で自衛隊の管理下に入った外国人兵士も含まれる、と最近になって中谷防衛庁長官は述べている。

 これは百人の米部隊が敵と交戦し、五十人が殺され、五十人が負傷して敗走し、近くの自衛隊の管理下に入ったが、それでも追ってきて攻撃を加える敵に対し、自衛隊が反撃できる、と読める。これは集団的自衛権の行使そのものである。

 集団的自衛権について米側の見解は次のようなものである。

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 米国は、日本での集団的自衛権の定義をめぐる複雑な論議に当惑している。この抽象的な論議は現実に重大な影響を与えている。防衛庁の説明によれば、「集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず実力をもって阻止する権利、と解釈される……しかし日本政府は憲法九条に認められた自衛権行使は自国の防衛に必要な最小限にとどまるものと理解しており、ゆえに、集団的自衛権は憲法の許容する範囲を超え、したがって認められるものではない」と解釈されている(九六年防衛白書)。つまり、日本の集団的自衛権の政府解釈に従えば、自衛隊の駆逐艦と米国海軍の駆逐艦が日本海をパトロール中に米駆逐艦が敵艦から攻撃を受けても、海上自衛隊は反撃したり米駆逐艦を援護できないことになる》(九七年、ハロルド・ブラウン、リチャード・アーミテージ、CFRレポート「日米安全保障同盟への提言」)
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 「自己の管理の下に入った者」を防護対象にしたことで、右の例でいう日米で一緒にパトロール中の米駆逐艦が攻撃を受けて航行不能になって、自衛隊に助けを求め、さらに攻撃を受けたら、自衛隊駆逐艦が反撃できるということになったのである。

 「集団的自衛権の行使」という言葉そのものは使っていないけれども「自己の管理の下に入った者の防護」と表現を変えて、できる内容は全く同じものになっているのだ。

 つまり、今回のテロ事件で日本政府はあまり国民の批判を受けずに、日米同盟を極端に強化することに成功した。集団的自衛権の行使と言う言葉は使っていないにしても、米側が「こんなこともできないのか」といっていたことができるようになった。戦時下のインド洋には海上自衛隊の艦船がすでに出かけている。米側が戦力として想定したイージス艦を出す寸前まで行き、一旦は見送ったものの、いまなお派遣の可能性を検討していることも忘れてはならない。

 以上のことは沖縄基地削減のための第二の宿題を日本政府自身があっさりクリアしたことになる。しかも沖縄や米国の働きかけとは無関係に日本政府が「テロリズムとの戦いを我が国自らの安全確保の問題と認識して主体的に取り組んだ」結果、実現したのである。もはや沖縄基地の削減を妨げる一切の制限がなくなった。

■基地削減で想定される観光産業のあるべき姿

 沖縄基地縮小や撤去には日本政府の決断、日米同盟の強化、アジアの安定の三つの宿題があった。このうち日米同盟の強化が今回のテロで想像以上に解決した。この結果、沖縄基地は一層削減しやすくなった。沖縄海兵隊は今回のテロでは動いていないが、戦争の初期には空軍の爆撃がまず行われ、地上軍投入に充分な準備をした上、ほぼ最終段階で海兵隊が投入されることが改めて理解された。沖縄海兵隊が動かなかったことについては、もし移動したら軍事力の空白が生まれ、日本海の防備が手薄になるからだという見方もある。この場合、ホントに危険なのは日本海側の原発ベルト地帯であることが想定されている。しかし、いずれにしても海兵隊は後から攻撃に加わる軍隊であり、朝鮮半島、台湾海峡に一時間という地の利の恩恵を受ける軍隊ではない。アジアのどこかにいて、命令が出たら出撃できる体制が整っていればよい。

 そのためには海兵隊は沖縄にいる必要は全くなく、日本の他の地域で充分に訓練ができる状態にいる方がはるかに有利である。周辺事態法の成立で日本のどの空港からでも米軍は出撃できる体制がすでに準備されているのである。

 以上から、普天間基地の県内移設の理由が完全になくなってしまった。県外移設でよい。辺野古の新基地は不要だ。いくつかの国内の自治体、外国政府は沖縄基地を引き受けてもよいといっている。基地削減に向けた環境は整った。あとは沖縄側がこの事実に気がつけばよいだけである。本論によって国民は事実を知った。次は行動である。

 しかしこれまでにも基地がなくなると沖縄経済が立ち行かなくなるという議論が多くなされてきた。この問題を最後に考えよう。

 十月二十七日に開催された沖縄 戦略フォーラム主催の緊急経済シンポジウムには私もパネリストとして参加した。コーディネーターに吉元氏、パネリストに座喜味彪好氏と副知事経験者二人、十一月に理事長になったホテル組合の宮里一郎氏、安里繁信氏は本論冒頭の小泉総理に観光客が激減していると直訴した人で、前青年会議所理事長である。私はこのシンポジウムを見に行くつもりで時間を空けていたが、直前に参加予定だった牧野浩隆副知事が出席できなくなって主催者側から「君、パネリストになってくれ」ということだったらしい。

 シンポジウム終了後の会食で西銘県政時代の副知事だった座喜味氏は「沖縄にとってホントは基地はない方が経済的にもいいんだ」という。それを聞いていた吉元氏が「座喜味先輩は琉球政府時代に基地撤去後の沖縄経済についての論文があって、昔から基地返還論をとなえている」という話になった。座喜味氏は「米軍基地はない方がいいが、あるから活用しようというだけだ。しかし、観光産業で基地撤去がいいということになれば、どんどん主張すればよろしい」という。

 私は「そんなの本番でいえばいいのに」といって大笑いとなったが、基地返還後の沖縄経済については別途知恵を絞って計画を立てればよいのである。その際、基地収入の削減で痛みを伴う地主がでるのは致し方ない。しかし、政府が他の国内の自治体の計画に協力するのと同様に沖縄の計画をもり立てていくための効果的な行動をとることによってそれまでの負担は報われるのである。

 基地に代わる経済の柱はいくつもあるに違いないが、観光産業は明らかにその中の一つである。業界は自らその中身を示すべきである。沖縄県が最近次の十年で観光客数を六百万人にしようといっているが、これでは縮小する基地経済を吸収できないのは明らかである。国際情勢を見渡し、他の産業も巻き込んで国民や海外からも歓迎される観光基本計画をつくるべきだ。

 基地縮小の声はテロによる観光客の落ち込みで多くの県民に切実なものとなって湧き起こっている。そして現実に収入の激減という事態に直面した観光業界、取引のある企業の経営者、観光とは無縁だと思いこんでいた企業経営者にも身にしみて響きわたっている。

 本論は観光客が激減したから沖縄基地を縮小すべきであるという理屈を立てずに、全く別の観点から基地縮小の可能性が高まったことを示した。根拠はアメリカの論文と日本政府の動きである。そして、アメリカに沖縄県民の負担をもっと減らすべきだと言わせたのは戦後五十五年にわたる沖縄県民の強い希望があったからこそである、ということもまた明白なのである。

■結論〜新しい道

 敗戦後、日本は新しい憲法を作り、その中で武力を放棄した。これは四百年近く前に武力を放棄した沖縄人がつくり出した伝統である。米国もコミットして生まれた新しい日本国憲法の中に沖縄の知恵が活かされたのだ。それと引き換えに沖縄は米軍の統治下に入り、核を保有し、ベトナム戦争にアメリカの若者をたくさん送り出した。米軍は沖縄にサービス産業と建設業をつくり出した。観光産業は最初は米軍人相手の飲食業として始まり、沖縄の日本返還後はリゾート産業へと変貌したのである。米国・沖縄・日本の相互作用によって日本は武力に頼らない半世紀を過ごすことができ世界第二位の経済大国となった。アメリカは世界の盟主となり秩序維持のための戦争を行なってきた。そして沖縄はリゾート地になった。将来はどうあれ、これは客観的な事実である。

 しかし、冷静に考えると「冷戦後」がテロによって劇的な終わりを告げ、「ポスト冷戦後」のいま、もはや国際社会の中で日本が武力を行使しないわけにはいかなくなったのにすぎない。それと引き換えに沖縄から軍事基地がなくなり、新たな展望のもとに独自の道を歩むことになっただけである。

(付記・本論で引用した文献は全てインターネットで誰でも入手可能である)(「観光とけいざい」01年12月合併号01年12月10日)  


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