連載コラム視点616
渡久地明(沖縄観光速報社)


返還協定の産物・自由貿易地域

 沖縄新法には自由貿易地域の記述がある。特別自由貿易地域が追加されているが、旧法と内容は同じである。

 この法律がなぜあまり役に立たない自由貿易地域に大きなスペースを割いているのか、これまでの説明では「沖縄における企業の立地を促進するとともに、貿易の振興に資するために、東南アジアに対するわが国の玄関口たる地理的条件を活かした産業振興の一環として、自由貿易地域の制度を設けたものである」(「沖縄振興開発特別措置法の解説」昭和四十九年、第一法規)、経済界は「復帰前 にあった制度であり、今後、活用できる時期が来るから」というものであった。

 ところが観光戻税制度や、ビール・泡盛業界他の特別措置が期限切れ延長無し、ということが行われている。特に観光戻税制度の廃止は利用者が著しく減少し、あまり役に立たなくなったから、と説明されている。

 ではなぜ、沖新法の自由貿易地域は残っているのだろう。ほとんどこの制度は役に立っていないし、自由貿易地域といわなくても単なる指定保税地域として同じことが実現できるのに、である。

 このからくりは「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(昭和四十六年、六月十七日)にあると私は考える。すなわち、

 「日本国は、琉球諸島及び大東諸島の合衆国による施政の期間中に合衆国の当局者若しくは現地当局の指令に基づいて若しくはその結果として行われ、又は当時の法令によって許可されたすべての作為又は不作為の効力を承認し、合衆国国民又はこれらの諸島の居住民をこれらの作為又は不作為から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする」。

 という部分である。

 これに基づき、復帰前、米国が沖縄でつくったフリーゾーン制度を復帰後も日本が継承することになった。旧法・新法で自由貿易地域を規定しているのはこのためだと考えるべきである。

 しかしこの因果関係は隠され、自由貿易地域制度は骨抜きにされてきた。

 このため自由貿易地域は法律には設立が明記してあるのになかなか設置できず、復帰後二十年くらいたってようやく那覇にできた。しかし、スタート時点で様々な制約があった。ばかばかしいのは自由貿易地域という看板を出せないというものさえあった(いまは出ている)。その後も様々な規制によって、このフリーゾーンが本来の機能を発揮していないことは誰もが知るところだ。

 同じことは他の全般にも及ぶ。復帰前の米国流の民主的な制度は日本の似ても似つかぬ同等と見られる制度に置き換えられてきた。

 この置き換えは返還協定に違反しているのではないか。米国にはすべての効力を継承するといい、沖縄に対してはもともと国内法とピッタリ同じではないそれまでの状態を徐々に変質させてきたのである。これをダブルスタンダード、二枚舌という。

 沖縄は復帰後、豊かになってきている。経済的には後戻りできないが、復帰前の制度を返還協定に基づいて取り戻すことはできるとみる。 (明) (「観光とけいざい」第616号02年7月15日号)  


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