連載コラム視点特別版621
渡久地明(沖縄観光速報社)


予想が現実になる米軍撤退

 「神浦講演」後「勉強になりました」という手紙が続々届いている。よい機会であるから、この際もう一歩踏み込んで考えて欲しい。二つのアーミテージのレポートと私の記事を紹介したい。日米同盟と私がどのように接し、考えたかを紹介する。同盟や軍事について全くのドシロウトなのに、米軍基地は不要であるという結論に至っ た過程でもある。

 最初のレポートは九七年二月、リチャード・アーミテージとハロルド・ブラウンが共同議長になってまとめた「有事の試練と平時の緊張」というものだが、当時の日本にアメリカが何を求めていたか、あけすけに書いてある。この中の沖縄部分に着目しなければならない。

 これを最初に読んだのは九七年夏頃であった。大田県政の最後の一年であり、沖縄基地問題が最高潮に県民に論じられている時期である。すでに大田・吉元コンビは、沖縄基地の撤退を予想して、国際都市形成構想を世に問うていた。

 最初、論文の意味が全く分からなかった。しかし、日米関係はこのレポートに書いてあるように進行していることも事実であると感じることが出来た。論文全体を理解するために、ホントに十回以上読み返した。その結果、沖縄基地問題はアメリカがどう考えているのか、核心を米側から聞かねばならないと強く欲した。

 レポートにある「沖縄問題は東京と沖縄の国内問題ではなく、東京とワシントンの問題として長期的に取り組むべきだ」という意味の部分に着目した。これが突破口になると思った。

 そこで、S氏と企画を練って、アメリカ取材を計画した。するとタイミングよく沖縄基地に関する日本側の調査があり、調査メンバーとしてワシントンに行けることになった。この調査に潜り込めたのはS氏、T氏のおかげであるし、観光業界のU社長は取材費を提供してくれた。

 この時、最初の論文の著者に会いたいとアメリカ領事館にリクエストしたら「アーミテージが会うといっている」との返事をもらった。

 その時の会見の内容が「沖縄基地に長居はしない、アーミテージ氏沖縄を語る」(本紙第五六〇号、〇〇年一月一日)である。ほぼ一年後、これを読んだ神浦さんが自分のホームページでこの記者はただ者ではない、と激賞しているのを見つけた。ビックリして私はただ者ですよ、と手紙を書いたことから、私と神浦さんはメル友に なった。

 二つ目の論文は現在アーミテージレポートと呼ばれているもので、〇〇年十月にアメリカで発表されるや、日本でも大変話題になったものである。幾つかの日本語訳がネット上にあって、この中にはっきりと「沖縄基地はSACO合意以上の削減に踏み込むべきである」と書いてある。

 つまり、このふたつの論文からも沖縄基地撤退を予想することができ、時期はいつかが焦点になるのである。サインは出ていたのだ。

 その後、米同時多発テロが起こり、二つの論文から予想される沖縄基地撤退がなくなったかどうか、が気になるところだ。テロ後、アーミテージ氏の事務所で面識のあったロビン・サコダ氏が米国務省のミッションで来沖したので「アーミテージ・レポートの内容はテロ後、変更されるか」と直接聞いたところ「変更はない」と明 快に応えた。

 そこで書いたのが「同盟強化で基地縮小の環境整う、辺野古は不要だ、日本のテロ対策で明らかになったもの」という次の私の論文(本紙第六〇三号、〇一年十二月合併号)である。

 神浦理論は軍事学上、科学的合理的に正面から撤退の理由を明らかにしたものであり、今後の沖縄の基地政策と反基地運動に、いや沖縄の政治史にも画期的な影響を及ぼす歴史的な講演になった。

 アーミテージの二つの論文を理解するためにはシロウトには何回も読み返すというタフな作業が必要だったが、いまならすとんと腑に落ちるようになった。これらの論文はすべてインターネットで入手できる。

 それよりも吉元氏の米軍基地撤退理論、神浦講演、私の記事と全く別々の観点から同じ結論が出てきたことが、面白く、興奮がまださめないというのはこの意味である。そして、次々に連想が浮かび、当面さめそうにない。(明) (「観光とけいざい」第620号02年10月1日号)  


 |  視点622 |  HOME |
本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は沖縄観光速報社に帰属します。
Copyright (c) 1996 Okinawa Kankou Sokuhousya. No reproduction or republication without permission.