連載コラム視点656
渡久地明(沖縄観光速報社)


いまある産業を伸ばすべきだ

 沖縄の物産が日本中の注目を集めている。いや、国内どころか世界で沖縄の長寿が注目され、沖縄のライフスタイルや食べ物が脚光を浴びている。

 沖縄の物産、特産品は数百年の歴史があることはよく知られている。しかし、日本最古の人骨が発見されている地域であることから遡れば、沖縄物産は数万年前から続く伝統に支えられた産物である可能性が高い。よく考えてみると山のものも海のものも、食べて毒がないかを確かめたのは、猿に近かった古代の人類である。いや、猿以前のもっと別の動物だった頃の記憶かも知れない。食べ物は、古代の人類が多大な犠牲を払って毒なのか体にいいものなのかを判別してきた。

 毒を喰って最愛の家族が死ねば、その一族に絶対食べてはいけないものとして語り継がれただろう。しかし、毒ではあるが少量なら、あるいは熱を加えるなど料理方法を工夫すれば食べられるという具合に人類の食の知識は充実してきたに違いない。特に体にいいものは薬と呼ばれるようになる。この記憶が人類に引き継がれてきた。

 このような歴史の産物が沖縄では細々と生き残り、現代に伝えられ、工場で製造され続けてきた。沖縄にはこのようなものが多いのだと思われる。本土とは気候が全く異なるため、沖縄だけにしかない植物や海産物もある。また、同じものが本土でもつくれるが、味や機能性など沖縄でできたものが断然優れているというものもある。ウッチンは外国でもできるが、沖縄産が珍重されている。ゴーヤーは本土でつくると苦味が少なくなる。県産品が注目される理屈である。

 では、なぜそれがこれまで注目されなかったのだろう。そして最近売れるようになったのだろう。

 一言でいえば、沖縄物産の意味が分からなかったのだと思う。県産品よりナショナルブランドを県民は好んだ。だから県産品愛用運動というのが数十年前からズーッと行われてきたのである。その数十年の間に県民に自信を取り戻させるようなさまざまな仕事が成された。最初は異端の人だったかも知れない。さまざまな人がさまざまな分野で多様な成果を生みだした。

 観光業界は沖縄の自然の素晴らしさと県民のハートを、農業や水産業は沖縄の味覚を、製造業は伝統の文化に裏打ちされたさまざまな製品を提供した。ボクシングや高校野球はガッツとタフネスを、空手は戦前から世界に知られ、戦後は米軍人を経由して世界に強力に広まった。沖縄の音楽や芸能は日本にとってなくてはならない存在として再認識された。

 沖縄という地域の理解が進むに連れ、国民の沖縄に対する意識が変わったのである。すでに製造業の分野では県産品は造れば売れる状態になっている。観光もこれと同じ状態になっている。ここまで来るのに少し時間がかかったのだ。

 このような地域は日本では沖縄しかない。だからいま沖縄で必要な産業政策は、日本中が血眼になって新しい産業を生みだそうとしている構造改革ではない。いますでにある生産体制を強化することである。新規産業の発掘は沖縄以外の地域なら説得力があるかもしれないが、沖縄の場合はいまある産業を伸ばすという政策が正解である。その過程で企業は従業員を増やし、さらに機械化、情報化などで効率を高めていけばよい。金融機関は泥臭いコテコテの県内企業にどんどん資金を供給す べきである。必ず消費され、新規産業の発掘よりリスク負担も軽いであろう。(明)(「観光とけいざい」第656号04年5月合併号)

 


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