連載コラム視点657
渡久地明(沖縄観光速報社)


沖縄観光、成長の法則が浮き彫りに

 本紙三十周年の節目に改めて、この間の観光業界の動きを細かく見直した。その結果、分かるのは、観光産業は、これから本格的に成長していくと言うことだ。

 多くの業界人を含めわれわれはあまり過去を振り返らない。常に前を見ているからだ。しかし、二、三十年に一回くらいはわれわれは何をしてきたのか、再確認しておくことも悪くない。そこで、過去三十年分の本紙の見出しを拾い出して並べて見ると、いままでぼんやりとしていたことが鮮明なイメージとなって現れてくる。沖縄観光は低迷と成長を繰り返したが、その背景には明らかに法則がある。ここではその骨を紹介する。

 すなわちホテル客室が増えることによって、旅行客が増え、それを見てさらに客室が増える。客室が増えてお客が分散したところで、価格競争とキャンペーンが展開され、再び急成長していく…、この繰り返しなのである。もちろん、ホテルだけが観光産業ではない。多くの人たちが、観光産業の主人公である。物事を単純に見るために客室または供給という言葉を使うが、実際には観光施設やお土産品、バス、レンタカーなどすべての事業者が含まれる。

 この仕組みが成り立つのは沖縄という立地条件が重要である。マーケットから適度に遠く離れており、移動手段は航空機に限られる。旅行を組み立てるのは旅行社であり、航空会社、旅行社はキャンペーンを張るのが本来の仕事である。

 キャンペーンによって利益を受けるのはキャンペーンを展開する旅行社、航空会社であり、最も効率が高い。もちろん受け地である沖縄もこれによって利益を得るのである。大キャンペーンができるのは航空会社や旅行社に限られた。

 そして、このような成長を続けることができるようになったきっかけは海洋博であった。このイベントこそが沖縄の将来の方向性を決めたのだった。観光ビッグバンとして位置づけるのがふさわしい。数学で言う初期条件だったのである。

 すなわち、海洋博に備えて過剰な客室を整備し、海洋博そのものを成功させた。その後の落ち込みを回復するために、われわれはキャンペーンという手法を身につけた。いまでは当たり前と見られるこの手法は海洋博後の過剰設備をフル稼働させるための極めて正統な手法であった。

 ではこの伸びはどこまで続くかと言うことだが、わたしの見るところ、当面マイナスの要因は全くない。バブル崩壊後、いつの間にか「右肩上がりは過去の遺物」と思い込んでいる国民が多いが、そう思いこむ科学的な根拠はない。日本の旅行市場は三億五千万人であり、五百万人の沖縄観光が占めるシェアはわずか一・四%である。沖縄は、日本の最南端、唯一の亜熱帯気候、独特の歴史と文化、長寿世界一、政府や県が観光産業を推進、という恵まれた体制の観光地である。シェア三%、千万人程度は取っても不思議はないのである。八百万人を達成する頃に、那覇空港がパンク状態になるが、伸びるところを伸ばすのが政治である。当然、いずれかの時点で拡張工事を始めなければならない。この工事は早ければ早い程良い。

 観光産業の仕組みの変化も急速に進んでいる。観光産業はもともと情報産業であった。実はキャンペーンとは観光地の情報を大量に流通させることである。業界で「露出度」というのは、キャンペーンに匹敵する効果を持つ。これが発揮されるきっかけになったのが大田政権時代の基地返還キャンペーンと、時期を同じくする一九九五年に起きた米兵による不幸な少女暴行事件である。全国紙はこの時から報道のあり方を変えたのだ。東京一極集中だったマスコミ報道は、各地の話題を重視するようになった。

 同じ九五年は、インターネット元年と呼ばれ、このころからネットを通じて大量の沖縄情報が流通するようになると、最近になってハッキリと効果が出てきた。世界遺産をめぐる旅などが説明抜きで売れるようになった。世界遺産に関する情報は好きな人はネットで大量に入手できる。斉場御嶽に行ってみたいという人がいて、そのツアーが成り立つようになったのである。ネット社会が定着すればするほど、これまで中小企業には手が出なかったキャンペーンが、小規模にでも自前でできるようになった。大手は全国の注目を集める伝統的なキャンペーンを担当する役割に変わりはない。個々の中小事業者は工夫によって、自社の個性を目立たせることができるようになった。

 以上述べた沖縄の条件や観光業界の仕組み、いま起こっている変化はいずれも沖縄観光にとってプラスに作用する。マイナスイメージの少子高齢化でさえ、沖縄の追い風なのである。

 それぞれの条件やわたしの判断詳細については、確実な資料と数値データに基づいている。おまけに過去三十年分の記録があり、そのうち二十年分について、わたし自身が直接当事者の証言を得たものばかりである。

 誰が的外れなことをいっていたかも、記録に残っている。最近の例では県の観光審議会で新振計最終年次に観光客六百万人を主張していた人たちである。こういう見通しの悪い人たちが何で審議会に出てくるのか不思議でならない。

 沖縄観光のもっと詳しい成長モデルとその有効性について、今後述べようと思う。いくつかの論文を用意していたが、紙数が全く足りなくなってしまった。今後、随時掲載する予定である。議論の前提となる過去三十年間の事実は、どうしても示しておく必要があった。文字も極端に小さくなってしまったが、ぜひ、全部に目を通して欲しい。必ず面白いものが見えてくるはずである。(明)(「観光とけいざい」第657号04年6月1日)

 


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