連載コラム視点916
渡久地明(沖縄観光速報社)


ずば抜けて優秀だった 玉城朋彦を追悼する

 JTAの新しい飛行機がシアトルからグアムなどを経由して那覇空港に到着した一月二十四日は気温が下がり、強い風が吹いていた。新しい飛行機が到着する様子を撮影しようと、取材陣十人くらい、JTAの社員百人くらいと一緒に格納庫前から私も滑走路の南の空を見上げていた。

 「寒いですが、風邪ひかないで下さいよ」とJTAの担当者二、三人から声をかけられ「このくらい平気だよ」と応じていた。実際はちょっと寒く、震えて写真がピンボケだったかもしれない。この気温だと雪が降る可能性がある、と思っていた。「山の上だと0度近くまで気温が下がるので、やんばるの山に登って雪を狙うチャンスなんです」と話した。実際、寒い時期の沖縄で雪を狙う記者はけっこういるのだ。

 …十数年前、那覇市内で雪が降り、その様子をケーブルテレビのニュース番組で放送したことがある。うろ覚えなのだが、その放送中、私もコメンテーターとしてスタジオにいた。ニュースキャスターは玉城朋彦で、彼が雪が降っている映像を入手し(本人たちが撮ったのかどうかよく覚えていない)、「雪です」と放送した。映像ではパレットくもじの上から確かに白いものが舞っていた。

 それについて、沖縄気象台は確認しておらず、雨じゃないのかとか、チリやホコリだったのでは、と言う人もいた。が、玉城朋彦によると、受けた掌の中で溶けたという。専門家は「見た人が雪だというならそれは雪です」という名言をはいた。このいきさつは朝日新聞の天声人語でも取り上げられ、かなり話題になった。このようなことを、思い出していた。

 するとホントに雪が降った。JTA機を迎えた夜のことだ。「沖縄タイムス」に「強い寒気が流れ込んだ二十四日夜、沖縄県名護市と久米島町でみぞれを観測した。一九七七年二月十七日の久米島以来三十九年ぶりで、みぞれは分類上、雪に含まれるため沖縄県内での降雪は観測史上二度目となる。沖縄本島では初めて」との記事が出ている。

 それから一週間後の二月三日、玉城朋彦が亡くなったという訃報が「沖縄タイムス」「琉球新報」にでた。食道がんだった。

 玉城朋彦はずば抜けて優秀なジャーナリストだった。首里高校の一年先輩で、私が駆け出しの頃からの飲み友達だった。もともと本紙創刊者・渡久地政夫(故人)と親しく、琉球放送のニュース番組で観光関連のコメントを放送してくれるなどしていた。いつの間にか、その役割を私がやるようになり、ケーブルテレビのニュース番組には私も定期的に出ていた。

 雪が降る前日、友人と二人で病院の玉城朋彦を見舞っていたのだった。眠っており、言葉を交わすことはできなかった。目を開けた一瞬に「渡久地明だ。来たぞ」と声をかけたのが最後となった。(明) (2016年3月1日号)


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