連載 ガンバレ県内企業 勝ち組への挑戦(46)
大嶺正行(タナベ経営沖縄支社長)


必然的なデフレ状況

 予算作成時期になり、デフレ問題を中心に経済動向に関する質問を受けることが多くなった。簡単に言えば「デフレは何時終わるのか?」だ。その答えとしては「向こう十年は続く可能性が高い」と考えるのが無難であろう。政府が「デフレの兆しがある」と認めて、様々な「緊急経済対策」などを打ってきたが、さしたる効果は見られなかった。そこで、日本経済新聞のコラムに掲載された「二十三年デフレ」という記事を紹介したい。

 筆者によると、かつて十九世紀後半のイギリスは、ビクトリア時代の大繁栄の後、デフレ経済に陥り二十三年間も継続したというのである。産業革命の成功により、世界の工場になり植民地獲得競争にも勝利、大英帝国は七つの海を支配し、それが全てイギリスの工業製品の市場となり大発展した。しかし時代を経て、イギリスの周辺国であるフランス、ドイツ、オランダ、ベルギーなどでも引き続き産業革命が起こった。最初は製品も劣悪であったが、次第に品質が向上し、先発のイギリスを脅かすようになる。すると製品価格は下落し、供給過剰状態になりデフレ経済になったという。

1、産業革命

 産業革命が起こり、それまでの手作業から機械化される原動力が、ジェームス・ワットが発明した蒸気機関となった。紡績などが機械化されイギリスは良質で安価な工業製品を世に送り出す事になる。農家の家内工業、ギルド制の手工業が機械制工場に変わり、資本家が登場する。大量の資金で機械化して労働力を使って利益をあげる。その結果、イギリスで労働組合が誕生した。ワットが一七六九年に蒸気機関を作るとそれを利用してカートライトが一七八五年に力職機を開発。十八世紀後半は発明ラッシュであった。このような連鎖は、およそ百年続き、イギリスは産業革命のおかげで「世界の工場」の地位を確立することとなる。

 しかし、近隣諸国の発展が要因で、その座が奪われ長期に渡る「デフレ期」に入るのである。歴史を考察し、周辺国が韓国、台湾、中国、東南アジアに「変換」すると、日本と類似する点が多い。今は日本から中国にこの流れは完全に引き継がれた。つまり新興工業国と「差別化」する製品づくり、市場経済を創らなければ、未来永劫デフレ基調から脱却できない可能性だってあるのだ。

2、IT化の影響

 また今日のIT化効果の中で特筆すべきは、コストの低下である。昔の大型電算機を遙かに上回る機能を持つパソコンを個人で買える時代になった。かつて電話は名士しか引けなかった時代もあった。いまや携帯電話は、中高生まで普及し、情報通信の発展が生み出したインターネットを使えば、郵便の百分の一の費用で手紙をやり取りできる時代となった。こうした事は、サービスに関するコストを大きく下げずには置かない。当然、物価水準にも相当の影響を与えているのは確実。いま進行中のデフレには、このデジタル化も起因していると見るべきであろう。

3、まとめ

 以上の内容を踏まえると、日本を始め各国で起きているデフレ現象は、調整インフレで克服できるような性質のものではなく、世界の経済社会の発展に伴う必然として、これを受け入れ、対応を考えていくべき性格のものと判断すべきであろう。

 以前に発表された世界各都市の比較でも、東京の物価水準は世界一高い事が明らかになっており、日本の物価水準は、今でも総じて高いのである。いずれにしても、中国を代表とする周辺諸国が台頭し、IT技術の発展による生産性の飛躍的な向上、NPOやNGOの広がり、国内でも過剰供給体制がもたらす過当競争などのデフレ要因が現存する以上、今の「デフレ基調」は、そう簡単に終焉しない。今後十年程度のデフレ基調を前提に企業戦略を再構築すべきであり、むしろ味方に付けるぐらいの発想が必要な時代といえる。

 つまり、基準となる価格は、これから十年は上がらない。単純に言って、「販売数量を飛躍的に伸ばす」「商品、サービスごとの付加価値を上げる」「徹底したコストダウンを実行する」を同時に実施することが基本戦略になろう。その詳細内容については、各社事情が違うと思うが方向性としては総じて同じだと言えよう。 (「観光とけいざい」2003年3月1日号)


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