500万人時代へ動き始めた沖縄旅行


週刊トラベルジャーナル92年3月30日号より

沖縄観光速報社・渡久地明


 沖縄への入域観光客数は、昨年初めて年間300万人台を突破、大きな転機を迎えた。この数字は出国日本人数の1000万人と比較してもかなり大きな数字であり、優秀な成績であるといえる。

 夏のリゾート客のパターンはすでに定着し、冬場も一部の期間を除いて、順調な入り込みを見せるようになってきた。

 反面バブルの崩壊で、リゾート施設の開発計画が頓挫するところなど、開発面での綻びも見え隠れするようになってきた。

91年の入域観光客数は1.9%増の301万人に

 平成2年の暮れまで沖縄への観光客数は毎月2桁台の伸びをみせ、業界は活況にわいた。実際、台風で欠航便が出なければ、懸案の300万人突破は平成2年に実現できたはずである。

 県の目標275万人を大きく上回って、平成2年の観光客数は295万人と目標を大幅に上回った。しかし、平成2年の夏以降、湾岸危機が起こってから、伸び悩みの要因は芽を出していた。暴力団新法のキッカケとなった沖縄の暴力団抗争が暗い影を落とし、景気の後退はますます鮮明になってきた。

 ついに湾岸戦争が勃発すると平成3年は初っぱなからマイナス成長に転じ、観光客数の伸びがプラスに回復したのは4月であった。沖縄は湾岸戦争の影響を受けないだろうと言われたが、数字の上では影響を受けた形になっている。この時期、沖縄県は観光関連団体に限らず県民が一斉に立ち上がって、暴力団追放運動を始めたが、直接の観光客増にはつながっていない。その上、好天に恵まれたため県内の水事情が悪化し、連日断水のニュースが流れるなど、沖縄を取り巻く情勢は悪化する一方だった。おまけに台風の度重なる来襲である。台風一個で、一万人の旅客減となる。

 内容を詳しくみると昨年の動向は次のように要約できよう。

 「平成3年の入域観光客数は、湾岸戦争国内景気のかげり、暴力団抗争の影響などにより旅行の自粛が目立ち、1月から3月まで前年を下回る結果となった。

 4月以降盛り返しを見せたが、夏場においては、水事情の悪化や台風などのマイナス要因や格安な海外旅行の影響などで伸び悩んだが、後半においては、10月が海洋博の開催された昭和50年の過去最高記録を上回るとともに11、12月においても「サントピア沖縄」が定着したおかげもあって過去最高を更新している。

 入域観光客数は301万4500人となり、前年を1.9%(5万6300人)上回り、2次振計の目標である300万人を突破する結果となった。平成3年の目立った増加要因としては●3大イベントの定着(花のカーニバル、海のカーニバル、サントピア沖縄)●名古屋線の就航(平成2年11月16日、日航)●大型コンベンションの開催●個人旅行及び家族旅行の増加●台湾からの観光客の増加●小松線の就航(平成3年6月1日)●修学旅行の増加、などが挙げられる。

台湾からの観光客が大きく貢献

 月別にみると最も多いのが8月34万900人(前年同月比同数)で、以下3月27万7200人(同3.3%減)、11月26万8400人(同2.8%増)、6月26万8100人(同7.1%増)と続き、最も少ないのは1月19万9800人(同2.7%減)、次いで9月の21万4800人(同5.0%減)となっている。

 空海路別にみると、空路が対前年比2.6%増の291万3500人、海路が対前年比14.3%減の10万1000人となっている。また、空路と海路の比率は96.6%対3.4%と航空機利用が圧倒的に多く、その依存度は年々高まってきている。

 航路別にみると、最も多いのが東京112万4300人(対前年比0.4%増)、次いで阪神61万4000人(6.8%減)、福岡40万5500人(同5.0%減)となっており、この3地域で全入域観光客の7割以上を占めている。

 外国客については19万2500人(対前年比24.8%増)となっており、その大半が台湾からの観光客である」(沖縄県観光文化局コメント)。

 これらの結果、平成3年の観光客数は301万人と300万人台に乗りはしたものの、内容はさんざんであった。

 明るい材料は外国客が急増した事であり、平成3年は前の年を約4万人上回る19万人が沖縄を訪れている。という事は、昨年の300万人達成は外国客の増加によるものであり、外国客の大半を占める台湾からの旅客でかろうじて伸びた事が分かる。

観光を柱に据えた2次振計はおおむね達成

 しかし、300万人突破の事実には関係業界にとって、万感の想いが込められている。

 10年前の昭和57年、当時の商工労働部長だった金城作一氏が「第2次沖縄振興開発計画が終了する1991年までに年間の観光客数を300万人まで拡大したい」と県議会で述べ、論議を呼んだ。10年前の沖縄への入域観光客数は180万人台であった。しかも、前の年の190万人台から後退した年である。不況の嵐が吹き荒れていた。「300万人なんて夢のまた夢」という雰囲気の方が強かったのである。

 沖縄振興開発計画とは沖縄の日本復帰にともなう特別措置として10年単位で策定される計画であり、1972年、1982年からそれぞれ、1次、2次計画が策定され、県内産業の振興のために、さまざまな施策が講じられてきた。今年は第3次計画が策定される年である。それぞれの計画は製造業や農漁業を振興する事に重点がおかれたものの、1次振計の終了時点で成果が出たものはほとんどなく、代わって、1次振計でほとん ど取り上げられなかった観光産業が大きく伸びてきた。そこで2次振計で観光産業を大きな柱に据えたのである。そして、2次振計が終了する今年3月、目標を達成できたのは、300万人を突破した観光産業だけであった。この数字の設定の仕方は10年先の沖縄の状況を思い描いて、観光関連分野に限らず、産業全体が達成しなければならない目標の数字をはじき出したものであり、観光収入は3500億円と見積もっていた。収 入面は目標を若干下回ったものになりそうだが、おおむね達成できたと見て差し支えないだろう。(他に目標を達成した数字として人口がある。しかしこれは産業振興策とは性格が異なる。)

 この面からみる限り、沖縄の観光産業は極めて順調に成長し、他の産業を牽引できる程に成長したといえる。

 「8月に関係業界へのお礼の意味を込めて東京と沖縄で300万人突破の記念パーティーを開きます」(比屋根隆和・沖縄県観光文化局長)ということには、この10年間の努力の成果をともに激励し合おうという意味も込められている。

土産品は不調、ホテルも稼働率低下

 しかし、昨年は観光客数の伸び悩みでさまざまな問題が噴出した年でもあった。旅客数の伸び悩みの結果、大きな影響を受けたのは県内の土産品業界であった。8月のピークシーズンでさえ有力土産品店のなかには「お客がいなくてヒマ。売上は2割ダウンだ」という悲鳴も聞かれたが、競争相手が増えている状態のゼロ成長では、個々の店にとって、前年実績を維持するのは相当に難しい。実感としては5%成長で前年実 績なみをやっとクリアし、10%成長で経営は安定する、という感覚である。

 ホテル稼働率も昨年は低迷を続けた。客室数は毎年着実に増えているから、成長が止まれば各ホテルで稼働率を落とすのは当然である。昨年は主なホテルだけでかりゆしビーチリゾートオーシャンタワーを始め大型コンドミニアムなど500室以上客室が増えている。ここでも、やはり5%以上の成長がなければ前年実績をクリアできなくなっているのである。

 つまり、沖縄観光は入域観光客数ベースで5%成長なら現状維持、業界が順調に伸びるには10%成長が必要であるということが鮮明になってきたのである。

バブル崩壊とともにリゾート計画も頓挫

 業界の不況感に一層の拍車をかけたのはバブルの崩壊であった。バブル絶頂期には100を越すリゾート開発計画があり「海洋博の二の舞だ。計画されているリゾートが完成したら、県内業界には倒産もでる」(宮里定三・県観光連盟顧問)との危惧もあったが、計画の方が頓挫してしまった。典型的な実例は長く沖縄ヒルトンとして親しまれ、その後シェラトンがオペレーションし、シェラトンの撤退後は国内企業が全館改 装に乗りだした旧シェラトンホテルである。ところが、バブル崩壊による金融引き締めから、大がかりな改装に金融機関の支援が得られず、工事には着手したものの中途でストップ。工事再会の目途はたっていない。

 同様に、あれほどたくさんあったリゾート計画はバブル崩壊後、メッキリ話題に上らなくなってきた。沖縄県は昨年11月に国からリゾート法の承認を受けたが、バブル崩壊が明らかになってからの承認であり、時期を逸した感が強い。県内部にすら「リゾート法はいらないのではないか」との声が出始めた頃の承認であった。もっとも、リゾート計画そのものは地元の日刊紙の調べでは、昨年9月時点で151件あり、計画 そのものは現在でも多い。勢いがなくなったというのが実感である。

 このほか、沖縄観光の課題として、最近リゾート批判の声が高まっており、主なものは地域経済への波及効果が思ったほどにはないのではないか、リゾート開発と環境を豊かにしようという世界の潮流との対立が挙げられる。

 しかし、これら外部からの批判に比べて、より深刻な問題と思われるものに、古くからの業界と新しい業界との対立がある。沖縄観光の初期から力を合わせて努力してきた古くからの業界に対し、リゾートブームによる新規参入グループが資本力と新施設でお得意さんを奪った、という見方である。新規グループは投資額と宣伝力で自ら需要を開拓したといい、古参グループはそれまでの努力が報われなかった、と感じて いる。これはいわば内部事情であって、内部で解決すべき問題であろうが、全体で一丸となってパワーを結集すべき時期にパワーを分散する結果となる恐れがあり、早期解決が望まれる。

今年の入域観光客数の目標は315万人

 沖縄県は今年の年間の入域観光客数の目標を315万人と設定した。昨年の実績の5%増しである。設定の仕方は、経済企画庁の景気の伸び率予測に加え、各旅行業者、航空会社の見通しを参考に県観光文化局が決める。

 増加要因は経済成長が減速はするものの、増加し、それと連動して沖縄観光も伸びるという考えである。実際に沖縄観光はこれまで国内景気の動向に連動して増減を繰り返して来ており、この目標の設定の仕方は妥当なものであろう。

 旅客増につながる明るいニュースを探すと、日航が羽田=沖縄線の早朝便と最終便を現在のB767から、全便DC10に増強し、夏場はジャンボを運航する事で輸送力が10%前後アップする事、南西航空が4月から日航の名古屋線の2便中1便を引き継ぎ、同時に名古屋=山形線を開設。山形方面からの集客が見込める事。さらに、来年1月からNHKの大河ドラマで琉球王朝をテーマにした作家の陳瞬信原作の「琉球の風」 が6カ月間放映される事が大きい。すでに「琉球の風」は月刊誌で連載を開始しており、プレ宣伝効果が期待されている。NHKの企画は沖縄地区の受信料の不払い率が高いため(NHKによると公共機関を含め、沖縄の受信料不払い率は7割に達する)、県民に親しみを持ってもらおうとの意図で始まったものだが、思わぬところで、受信料不払いが波及したものだ。

 また、今年は沖縄が日本に復帰して20周年を迎える事から、各種のイベントが計画されており、その最大の目玉として復元中の首里城の一般公開が11月に予定されるなどがある。首里城は国や県が150億円以上の大規模な予算を投じて復元しているもので、完成後の運営面についての方針は明らかにされていないが、那覇市内の宿泊客増加につながるものと期待されている。

ホテルニュープロジェクト 沖縄本島石垣島中心に1400室がオープン

これからは“本物の時代”高級リゾート相次ぎオープン

 リゾート開発計画ラッシュが一段落して、これからは本物の時代といわれるようになってきた。今年オープンする新しいホテルに全日空グループが運営するラグナガーデンホテル(沖縄本島宜野湾市コンベンションスクウェア、204室)、ホテルグランメール(沖縄本島沖縄市、301室)、キャロットインターナショナルのコーラルアイランド(石垣地区小浜島、66室)、きせリゾート(沖縄本島名護市、160室)、大拓のコン ドミニアムホテルスタシオン(沖縄本島本部町、292室)など約1400室がオープンする。来年にかけてオープンするリゾートには恩納村に建設中のオーラコーポレーションのリゾートホテル(560室)、宮古島東急ホテルの増室(98室)などがある。

 今年オープンするラグナガーデンホテルは地下1階地上13階、204室の大型ホテル。6月のオープンを目指している。客室はスタンダードタイプで40屬塙くとり、快適性を追求した。コンベンション機能も充実し、立食で2200人収容可能な大宴会場を設けるほか、中宴会場、小宴会場、テーマレストラン、日本料理、中華料理、屋内・屋外プール、ショッピングゾーンを充実させる。沖縄コンベンションセンターに隣接した初めてのホテルで、周辺を宜野湾市がコンベンションスクウェアとして、マリーナや人口ビーチなどを整備しているため、那覇から最も近いリゾートとして人気を集めそうだ。

 ホテルグランメールは地下1階地上14階建て、客室数は301室。スタンダードツインの客室を44屬塙くとっている。料飲施設に洋食レストラン、和食レストラン、バーラウンジ、トロピカルガーデンなど料飲施設にも力をいれている。専用のダイビングプールやクルーザーを4艇持ってマリンレジャーのメニューを充実させている。また、全天候プール、会議室、県内では珍しいベビーシッタールームを設けるなどファ ミリー層にも配慮している。

 コーラルアイランドリゾートは小浜島にオープンする。低層階の地中海風のコテッジを中心に、環境を重視したビーチサイドリゾートだ。1室85屬ら100屐2ベッドルームを基本にした客室66室が完成。4月末から営業を開始する。ビーチに面してプール、テニスコート、パターゴルフ、マリンスポーツを各種取り揃え、平成6年までに客室棟の増設、9ホールのゴルフコースを整備していく。

大規模開発で注目されるブセナリゾート

 さらに93年以降の計画を見るとダイエーが宮古島砂山地域に500室規模のリゾート施設を建設すると発表、那覇市の泊埠頭再開発計画で17階建て250室のホテルが1993年オープンを目指してすでに土地の造成を終了。

 三井不動産とムーンビーチが主体になった宜野座リゾートは1995年オープンを目指して800室規模の大型リゾートの建設に着手した。

 注目されるのは今年4月に着工する部瀬名リゾートだ。これは名護市に総会発面積1100ヘクタールの大規模開発を沖縄県や名護市、恩納村も加えた第3セクター方式で開発するもので、工期は2005年までの15年に及ぶ。今年は道路などインフラ部分とホテルの建設に着手する。ホテルが建設されるのは現在沖縄海中公園として営業が続けられている部分で、海に突き出た半島の地形は万座ビーチリゾートに似ている。こ の後、半島後背地にゴルフ場、公園、ショッピングセンター、文化交流センターなどを建設する計画だ。沖縄県はこの開発を、リゾートのモデル開発にする考えであり、総事業費は約4000億円と見積もっている。最初のホテルの完成は平成6年になる見込みだ。

求められるレジャーの高度利用、テーマパークの建設も不可欠に

 以上見たリゾート開発は目立った動きのある開発のごく一部であり、これ以外に沖縄県はリゾート法承認に当たって、塾度の高い45プロジェクトをリストアップしている。今後10年に渡って、これらが順次開業していくものと見ている。

 ところが、開発に際して業界からよく指摘される課題は、現在計画されているもののほとんどがリゾートホテル、ゴルフ場、マリーナなどに集中しており、ほとんどの開発が沖縄の海と空にのみ頼っているという点である。実際に沖縄の海は東南アジアをも含めて東アジア最大、かつ、最高級のマリンレジャーを提供している。最近になって、ホエール・ウォッチングのツアーに人気が集まり、ダイビング関係では5月か ら10月にかけて珊瑚の産卵する様子がみられるようになってきてきている。これまで遠ざかっていた座頭鯨が1月から3月にかけてかなりの頻度で目撃できるようになり、鯨が沖縄の海に帰ってきた。珊瑚の産卵はこれまで5月の満月の夜にみられるものと信じられてきたが、半年間に渡って、種類ごとに順次産卵する事が分かってきた。海にはまだたくさんの神秘があって、レジャーの種がいっぱい転がっているのは事実 である。これらの高度利用が求められている。

 と同時に、500万人を越えるレジャー客を収容してアトラクションを提供するにはやはり、ディズニーランドやハウステンボスといった本格的なテーマパークの建設が不可欠になってきている。現在のところ、そのような計画はないが、いずれ旅客数の増大にともなって集客力のある施設の企画も生まれるものと期待したい。

空港問題と航空動向“500万人時代”への対応は十分可能

沖縄戦供給力は羽田・大阪で318万人

 これら受け入れ施設が充実して、ではその供給能力はどうなっているのか。まず、世界的に旅行客増のボトルネックになっている空港問題を見てみよう。

 大きな課題は主要マーケットである羽田、大阪の空港整備の進行状況である。

 これについては両プロジェクトとも、沖縄線の発着枠のシェアが現状維持で推移するとみれば、羽田の沖縄線供給力は少なくとも年間200万人、同様に大阪は118万人が可能で、その他の地方空港の供給力を合わせると年間500万人の受け入れは十分可能であると試算できる。

 一方、那覇空港のキャパシティーは発着能力回数が13万回あり、現在の8万回に3万4000回を上乗せすれば、年間500万人の受け入れは十分可能である。那覇空港のネックは現在のターミナルビルが狭隘であるという点であるが、今年はフィンガータイプの駐機場と機能的なターミナル建設に向けて工事が着手される予定だ。完成は5年後である。

 さらに、久米島空港のジェット化工事が始まっており、1997年にはB767クラスが発着できるようになるため、大都市圏からの直行便の乗り入れも可能になる。

 宮古島はすでに3000メートルの滑走路があり、東京=宮古直行便を南西航空が運航しているが、発着能力には大きな余裕がある。全日空が大阪=宮古直行便に強い意欲を見せており、実現すると輸送力は大幅に増加する。

 懸案の新石垣空港は、自然保護の世界的な潮流の中で埋立はますます困難になっていく模様だ。3月には自然保護活動の超大物であるイギリスのエジンバラ公が石垣島を訪れ、白保の海をボートで視察した。記者会見でエジンバラ公は埋め立てて空港を建設する事に強い警告を与えている。石垣空港問題は国際的に大きく注目されており、国民の大半が自然保護が経済問題より大切、とする考えに立っているのであり、仮に 埋め立てたとしても将来に禍根を残すのは明白であろう。そのような空港におり立つこと自体を国民が嫌がるようになる可能性すらあるのだ。沖縄県は白保以外の陸上2案を石垣市民に提示して、今年中に用地を選定し、着工にこぎつけたい考えだ。このようにやや時間がかかる課題もあるが、沖縄の空港キャパシティーは2000年までには十分にクリアされると見て差し支えない。

航空各社も路線網充実でしのぎ

 空港の整備に合わせて、各航空会社も路線網の充実にしのぎを削っている。前述した宮古=大阪線は全日空が中期業計画の中で初めて明記したものだが、宮古島では即座に誘致運動を展開し、日航や南西航空を巻き込んでの誘致合戦に発展した。宮古=東京直行便の誘致運動と似た様相を呈してきた。

 昨年9月には全日空の川瀬友弘・取締役が宮古島で「中期事業計画の中に、宮古=東京直行便の運航を盛り込んでいる」と発表するや、日航グループは平良市に対し「建設中の市営や球場に雨天練習場を」と3億円を寄付。宮古=大阪線の運航に強い営業を展開している。

 航空業界の動きを見ると、今年4月には韓国のアシアナ航空がソウル=那覇線の運航を週2、3便程度で運航を決めており、すでに那覇支店を開設。

 地元の南西航空は4月24日から名古屋=那覇線の運航、同時に、名古屋=山形線の運航を開始する。これは、日航が運航している名古屋線(毎日2便)の内、1便を引き継ぐもので、B737(130人乗り)を運航する。午前8時半に那覇空港を飛び立ち、名古屋到着後、山形まで飛び、山形=名古屋=那覇の順で午後4時半に帰る。

 日航グループは福岡=那覇線の南西航空への路線移管も検討しているといい、南西航空の財務体質の強化と南西航空の独自カラーを積極的に打ち出していく考えがあるという。南西航空は昨年から大がかりなCIに着手している。

2000年の入域客は600万人

 前述した第3次沖縄振興開発計画は現在策定中であるが、沖縄県は2001年までの計画を立てる事になっている。リゾート法承認に向けて策定された「リゾート沖縄マスタープラン」によると、2000年のリゾート産業のイメージは、入域観光客数はおおむね500万人〜600万人、観光・リゾート開発にともなう経済波及効果は、関連収入が6900億円〜8300億円、生産誘発効果が1兆3400億円〜1兆6000億円、雇用効果は11 万7000人〜14万人と見込んでいる。第3次振計にはこの内容が盛り込まれるものと見られる。先にも見たように2次振計策定時の国内景気、沖縄のリゾート産業を取り巻く環境には厳しいものがあった。しかし10年たってフタを開けてみると、当時誰もが疑問視した観光客300万人が達成できた。現在の経済環境にも厳しいものがみられるのは、10年前と似ている。そこで500万人体制を疑問視する業界人も多いのだが、500 〜600万人という計画フレームの達成は、現在の開発プロジェクトが堅実に実行されれば、意外とスンナリ実現できるかも知れない。

 コラム新商品、マリンアクティビティー

―こ慘更圓紡膺裕ぁ∈卒嵬2のホエールウォッチング

 座間味島に鯨が帰ってきた。出産、子育てに沖縄近海は座頭鯨の適地といわれ、2〜3年前から時折鯨の群れが目撃されていた。今年になって座間味村当局などがホエールウォッチングに本腰をいれ始め、修学旅行などに積極的な営業をかけたため、ホエール・ウォッチングツアーが実現した。

 このニュースは連日地元の新聞でも取り上げられるようになり、環境保護の風潮にもマッチしたため、注目されている。沖縄近海を回遊してくる座頭鯨は小笠原近海との行き来があることが確認されており、一部はハワイ周辺でも確認されているという。修学旅行では自然観察と環境保護に関する教育に絶好の材料と

 座間味村では定期航路の連絡船の空き時間をホエール・ウォッチングにまわし、地元の沖縄ツーリストなどがツアーを設定。日帰り1万円で売り出したところ、地元客にも好評だ。

 

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 11月に一般公開される首里城は最初の復元の要請を復帰直後の屋良知事が国に対して行ってから20年目にして実現した事になる。

 正式名称は国営沖縄記念公園首里地区。面積は4ヘクタール、主要な建物は首里城正殿、北殿、南殿、番所、奉神門、瑞泉門、漏刻門など。

 首里城は琉球王の尚巴志(1422〜1439)が王都を首里に定めてから1892年の琉球処分までの450年間国王の居城であったと伝えられる。首里場内の建造物正殿、守礼門、歓会門、瑞泉門、白銀門が大正末期から昭和初期にかけて国宝に指定されたが、太平洋戦争で大半が消失した。

 公園計画では、現在すでに復元済みの守礼門、円鑑池を含む18ヘクタールが公園区域に指定されている。各施設の復元の時代設定は18世紀の前半を基本として進められている。

 開発に当たっての基本理念は、貴重な国民文化遺産の回復、新たな県民文化の創出、伝統芸術の継承と発展、歴史的風土探訪の場の形成である。

 国や県では、首里城の活用について観光面で、文化遺産の鑑賞、見学、体験という観光形態の充実を目指す、といっている。

 首里城の開業に合わせて、那覇市内の観光ルートが大幅に変更となる事は明白で特に定期観光バスなどの南部観光や北部観光ルートが変更される。同時に、各旅行社の観光コースも変更となりそうだ。

2虻付きのおまつり広場で毎日伝統芸能

 開業10周年を迎えた琉球村はこのほど園内を拡張して、屋根付きのおまつり広場を新設。広場には沖縄の伝統芸能那覇大綱挽きで使われた大綱や、県内各離島の伝統工芸品を集めた展示場を作った。

 おまつり広場は約500坪あり、連日太鼓を打ち鳴らしての伝統芸能エイサーを実演している。

 琉球村は100年前後前の沖縄の古い民家を各地から集めて移築・復元し、それぞれの民家で染めや織り、陶芸などが体験できるユニークな施設。

 ネックは雨天の場合、カサをさしての園内散策となっていたことだが、屋根付きのおまつり広場の新設によって、雨天時の周辺のビーチリゾートからの集客にもつながって好評だ。 

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 ゴルフ場不足の沖縄に昨年暮れ相次いで2つのチャンピオンコースのゴルフ場がオープンした。本島南部のパームヒルズと本島北部の嵐山ゴルフ倶楽部だ。

 パームヒルズはアメリカンタイプの典型的なゴルフ場といわれ、コース間を広くとり、クラブハウスに力を入れた。いたるところに大理石を使い、レストランや、ショップ、浴場などの作りは超豪華。

 一方、嵐山は日本人の好みを最大限に取り入れてプレイしやすいコースと評され、県内初の5人乗りカートを採用したり、形態電話を備えるなど先進の技術を取り入れている。

 県内のゴルフ事情は、1年を通じてコースが込み合っており、なかなかビジターのプレイが難しく、会員のなかからも使いにくいとの声が高まっている。

 その一方でゴルフ人気は急上昇。チャンピオンコースもさることながら、ショートコースのゴルフ場の若年層からの人気も高まっている。プレイ費が安い事、予約なしでも手軽にプレイできる点が好評で、ショートコースも賑わっている。昨年暮れには沖縄残波岬ロイヤルホテルに隣接してショートコースの残波ゴルフくらぶがオープン。宿泊客やヤングで早くも人気が集中している。

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 県内施設の最近の潮流は施設の高級化だ。典型的な例は東南植物楽園の新施設オープン。ショッピング棟を全面改造し、デパートのような売り場を作って、訪問客から好評だ。今回完成したのは3階建ての建物で、1階がショッピングコーナー、2階が事務所、3階が機械室などとなっている。植物園とショップが違和感なく一体になるレイアウトと、ディスプレーを実現して、来園客からの評判は高い。園内8カ所に新たに 設置したトイレは大理石張りの豪華なもので、清潔そのもの。

 県内の各施設とも旅客の伸び悩みに昨年はダメージを受けたが、これを機に施設の高級化に取り組んだところも多く、東南植物園などは絶妙な次の一手を打ったものと見られる。

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 沖縄の美しいさんごや熱帯魚を手軽に楽しんでもらおうと、琉球観光産業株式会社は水中観光船「マリンビュワーなは」を建造。昨年暮れから本格的な運航を開始した。

 これは、喫水を深くして、船底の側面から海中を見る半潜水艇で、53人乗り。那覇市の泊港から出発して、那覇市の沖合い、ケラマ諸島周辺の珊瑚礁を1時間半から2時間遊覧するもの。毎日10時半、14時、16時半の3回運航し、料金は大人一人3000円。

 沖縄の珊瑚や海底を見せるマリンアクティビティーには、各ビーチで行っているガラスボートや、サンマリーナホテルから出発する潜水艇もぐりん号などがあるが、那覇を起点に海底を見せるのは「マリンビュワーなは」が初めて。那覇市内の宿泊客の新しいアトラクションになりそうだ。