《提言》
対馬丸引き揚げ9億円 私が見たロシア海洋研究所の実力


「観光とけいざい」第618号(02年8月15日)より

徳村 直栄



 モスクワ市117858番地に建つビルはロシアアカデミー海洋科学研究所のヘッドオフィスである。九階と低層だが、床面積は訪れるものを圧倒するほど広い。Sea Technology=海洋探査の専門機関で、五十年の歴史を誇る。そこには大小六つの潜水艇とそれを乗せる十隻の母船がある。依頼する国々の要望に応じて、海底物の収集、含有物の分析、採算性の可能性調査、事業化へのデータ生成等、海洋科学者をセットにして貸し出している。

 数年前映画「タイタニック」が上映され、映画史上最高の大成功をおさめた。それには高性能潜水艇「ミール」の活躍があった。深海四千七百mに沈むタイタニック号の船影の撮影、船内の捜索、遺留品の引き揚げ、外板の一部切断引き揚げも成功した。

 一九九七年十二月、対馬丸の船影が地元新聞に載った。水深八百七十mの海底に横たわる船名の入ったカラー写真だった。記事を読むや対馬丸とロシア海洋研究所を結べないものかと突き動かされた。

 一九九九年七月、私用もかねて同研究所のS・S・ラッポー理事長の招待を受け、在ロシア通商代表部の海洋専門官A・ヒーミン氏の通訳と案内を得て、モスクワを訪問できたことは、私にとっては大変ラッキーなことだった。

 十九日出発、十時間の空路、数日先に発ったヒーミン氏が空港で迎えてくれた。翌朝、一〇時ヘッドオフィスを訪問。お礼に沖縄泡盛を献上。早速目的である潜水艇チャーター契約書の説明を受ける。ロシア語・英語の両文で、A4用紙の十七ページ、三十一条からなる契約書である。

 零細業者の私には窮屈な面もあるが要旨ははっきりしている。一千六百トンの専用母船に二千mの潜水艇と十五人の乗員で一日当たり七千米ドル、三年を契約期間として、年に九カ月実働、三カ月は休暇・点検修理・往復日数だという。この契約書で世界の国々と契約したと説明してくれた。

 船長も同席していて、ジブラルタルの激流やケープタウンの荒波と比べたらトカラ海域は自分たちの手にかかればすぐに解決すると自信たっぷりだった。

 契約額も交渉の余地があることも確認したが、九億円の根拠は三六五日×三年×七○○○米ドル=七七○万ドル。七七○万ドル×一二○円=約九億円になる。

 明日は黒海沿岸の船団基地で実物の見聞である。

■バッテリーと食物さえあれば海底に1週間でも留まる

 ウクライナ地方の豊かなブドウ畑を眼下に三時間の飛行の後、双発機から研究所の車に乗り換えて山奥に進む。ところ変わればというが、ロシアの海洋研究は山奥で行われるのかと思うほど巨木の松林の中を二重三重のゲートを抜けていく。

 途中にバンガローが数百mおきに点在している。案内してくれた副理事長のドクター・LI・ロブゴブスキー氏によれば、そこは科学者達の研究拠点であり、また、家族生活の場でもあるという。この地帯は冬はマイナス二〇℃、夏は二五℃にもなる。五〇℃の温度差が優秀な頭脳を育むという。三頭の馬にまたがって乗馬を楽しむ科学者家族にも出会った。

 森林地帯を抜けると眼前には太陽がいっぱいの海岸が広がる。沖に向かって突きだした二本の桟橋が行楽地の海浜とは雰囲気を異にする。調査船のバースである。やっぱり海の研究は海でするのだと安心した。

 残り少ない太陽を惜しむように海水浴を楽しむ家族の姿もあった。早速三人乗りの潜水艇に案内され中に入ってみると狭くて窮屈で三十分の説明を聞くのも息苦しくてやっとの思いだった。そんな私を見て船長は、「バッテリーと食料さえあれば一千mの深海で一人で一週間潜っていても苦にならない」という。そういえば、宇宙ステーションの「ミール」にも一人百日も留まった飛行士もいた。ロシアは一体どんな訓練をして精神力を鍛えているのだろうと驚くばかりである。

■対馬丸、遺骨引き揚げは技術的に可能だ

 対馬丸の遭難から五十八年経ってしまった。少年・少女十二歳の魂たちよ、海の底は冷たく寒かっただろう。また、つらかっただろう。寂しかっただろう。懐に抱いて暖めてやりたい遺族の方々の思い。それは多くの県民の願いでもある。幼いあの少年少女たちに何の罪があったというのか。

 かつて政府の高官は引き上げは技術的、慣例上困難との見解を示した。その一言に可能性のすべてが埋没されてはいないか。ロシアの説明によれば対馬丸の遺品を引き揚げる作業はいわれているほど難しいものではないように見える。

 二○○二年一月五日付け琉球新報によると名古屋のNPOが独自引き揚げ計画を政府に陳情、募金活動を始める予定だという。

 復帰から三十年、大きな節目を迎えた。四十周年は誰の心にももはや節目とはうつらない。今年こそが最後の勝負の年である。

 県民一人ひとりの力を結集できないものか、労力のある者は労力を、一〜二万円ゆとりのある者はそれを拠出し、知恵ある者は知恵を、多くの県民がそれぞれ持てるものを出し合えば他者を頼る必要もないと思う。

 えひめ丸五百トン、六百mから引き揚げに五十〜六十億円、遺族補償二十七億円。

 北朝鮮の不審船(工作船)水深百mの引き揚げに五十九億円と新聞は報じた。

 米ロの友好関係を築こうとする今日、意を強くしてロシアの船舶施設と技術を導入してもいいのではないか。

 えひめ丸はスコーピオ、フランス製無人潜水艇にニューオリンズ船籍、サブシー会社が請け負った。北朝鮮の不審船は日本の深田サルベージ社が請け負った。

 対馬丸は沖縄NPOでロシア船で引き揚げる。全遺骨を拾い上げ、遺留品とともに対馬丸の船名部分の鉄板と錨ぐらいでいいのではないか。

 古く錆びた一万トンの船殻や重いエンジンやシャフト、燃料などを引き揚げる必要がなければ費用は決して九億円を上回ることはない。


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