「わしたショップ」―拠点方式による県産品のマーケティング


公庫レポート52号より(インターネット版では第一章のみの収録です)

(株)沖縄県物産公社専務取締役・宮城弘岩

関連 県産品は造るから売る時代へ



はじめに「わした展開とは何か」

 最近、本土で「わした展開」という用語が使われるようになった。

 これは平成6年に沖縄県物産公社が銀座一丁目にパイロットショップ「わした」を開設以来好調な売れ行きにより、地場産品を首都圏展開する手法として各県、行政が注目し始め、マスコミでも高く評価されてきたからである。「わした展開」とは地域から如何に地場産品の販路を開拓していくかという一種の店舗展開の手法によるマーケティング戦略である。従来から各県行政が積極的にすすめてきた「島おこし運動」「村おこし運動」、あるいは「一村一品運動」が「物づくりにとどまり」、地域の活性化がなかなか図れず、成長発展には限界があった。この反省として、「村おこし運動」や「一村一品運動」には長くから「マーケティング機能」の欠落が指摘されていた。また、これらの「一村一品づくり」とか「日本一づくり」という精神論、あるいはキャッチフレーズだけでは地域開発ができなかったからである。根底には商品企画と流通の開発の考え方が大きく欠落していた。商品の開発・生産と市場流通は同時に平行して開発されていかねば、常に造ってからどうしようという問題が起こってくる。いわば戦略として片手落ちになっていたからである。

 例えば、一次産品の加工・製造機能(製品化し、かつ商品開発するということは、素材開発や、調達とその生産・製造・加工、アッセンブリー、コンセプト及びパッケージング、ネーミングを行うこと)とマーケティング流通としての問屋機能(物流、販売チャネル、業態の選択、販促、PR、広報、宣伝、店頭におけるプレゼンテーション、店員の応待、販売の重点、通販のあり方)の両面を同時に進めていかねば物産というものが売れていかない。特に、特産品など地域産品を通して如何に地域産業を創造していくかが問題にされているのであって、「物産をつくること」ではない。「一村一品運動」のようにただつくれ、つくれ方式ではもはや通用しない。地場産品はつくれば、つくるほど価格の下落を招き、捨て売り競争に入っていかざるをえない。 このような現実を打開し、地域産品(加工もの、農水産ものでもいい)の現場にマーケティング思想を導入し、農産物、水産物加工品の流通の確立をめざすことから「わしたショップ」運動は注目されているのである。

 しかし、地場産品には民工芸品もあり、発信の場所も多く、一般に首都圏から遠く離れ、場合によっては遠く離れた小さな離島のケースもあり、かついずれも零細企業群が主流だ。従ってこれらの零細企業郡は束になり、結束していかない限り販路開拓はおぼつかない。「わした」展開は地場産品を広く域外を越えて、市場を首都圏にもとめ地域産業を確立していく遠心力運動とみているのである。つまり、どんなに遠く離れた小さな離島でも、企業の大小を問わず、自分たちのショップをもって商展開するシステムを「わした展開」と呼んでいるのである。

 重要な一点は、本質的に物を売るという次元ではなく、特産品や地域物産が売れていくための売れ筋情報の把握分析、造り手への情報のフィードバックによって、それぞれの地域の物造りに資し、常に売れる物造りを促進していこうとするものである。失敗のない物造りで「開発−造る−売る=流通」の回転を加速させ、地域の活性化を促していこうとするところにその本源がある。二点目は観光客の誘導運動にも連動させるための地域情報の発信基地にもなっていること、そして「開発−造る−売る=流通」を情報によって理解し、地域と首都圏との流通関係を強化、目通しのいいものにしていくことが「わした展開」の重要な一つの内容となっている。

 この「わした展開」の背景には沖縄のような産業興しの不利な地域の活性化をどうするか、どんなに大きいとみられる県内企業も単独ではできない首都圏への展開(販路開拓)を「わした展開」とよばれるパイロットショップ開発によって実現していこうとするものである。取扱われているものは物だけではない。沖縄関係の書籍、音楽、楽器も含めて沖縄の香り・匂い、形、色、さらに生活のリズム、音、光(発光)をも内容としている点など他の県ではとてもまねできないところとなっている。これらをコンセプトとして思想化し、沖縄の生活文化、生活スタイルの窓口として、沖縄の生命体の息吹をも感じとってもらうとする野心的な試みでもある。これらの仕事を通して、結果として沖縄県産品が首都圏にコンスタントに流通していくことを描いているところである。


第一章 わした展開とその効果

1.「わしたショップ展開」の意味と機能

 本県の製造業の振興は造る時代から売るマーケティングの時代に入っている。

 1.今日、東京・名古屋・大阪を拠点に展開している県産品パイロットショップ展開は従来工業連合会を中心に進められてきた「沖縄発−本  土行き」の思想を最終的に具体化したシステムである。それは94年3月の銀座わしたショップの開設以来各県・市・行政で注目され、国内でも先端的、ユニークな取組みとして全国的にマスコミにも取り上げられ、他県の先を行くところまで来ている。システム的には右から左へただ売るということではなく造ることイコール売ることが同時に進行する時代、マーケティングが製造業をリードするものとして極めて高度の市場対応型になっている。

 2.基本的にパイロットショップというのは一般の小売店ではない。企業でいえば営業の仕事ではなくマーケティングか企画、販促などのスタッフ機能の仕事である。パイロット機能は売ることだけを目的とするものではなく、売ることによって情報の収集分析を大きな狙いとし、その土地や地域の市場特性を把握するとともに、その情報を製造現場に提供し、競争力のある商品開発及び技術開発を促進させる。ショプ現場における企業の狙いはPR効果と店頭売上げで維持費を稼ごうとすることを目処とするが、最大の狙いは展示及びロット注文やOEM注文の獲得にある。その結果出店立地の地域に一定の販路を定着化させ、新規の小売店、卸売業などの顧客取引を強化していく方法がとられている。従って産業政策的には企業は売れる商品づくり及び企業規模の拡大、就業の場の創出がこれまで以上に求められる。

 3.ある街がわれわれの狙った高い県産品購買者(ハイポテンシャル市場)の存在が見込まれるとしよう。そこに計画的に「わしたショップ」を設ける。その地に市場を求める企業が追ってくることになるが、「わしたショップ」というパイロットショップ機能は物産公社がつくり、中に出店するのは個々の企業である。個々の企業では戦略的にこの場所に出店するわけだが、狙いは前述のとおりこの地域に固定客(卸・小売の流通業)を創設していくことになる。原則的には一定の固定客との販路が定着すればこのパイロットショップは役目を終えたことになり、また次の新しい市場性を求めて移動していくことになる。この存続期間が何年になるかわからないが、とにかくある程度の目処が出たところでその役目は果たしたものとして閉店ということになる。

 店は閉じることになってもフォローが残るので、営業所は残すことになる。これからが営業の本格的な仕事になる。また個々の企業で独自にやれるのであればそれはそれでこの会社でやっていけばいい。点(物産展)と面(小売り店舗)と線(販路)の戦略は最終的には線が残り強いルートをつくることで企業の発展を促す。同時に面的機能は確かに公社としての店はなくなるが、その地域の小売店に移転し確定されていくことになる。

 つまり、面的機能の広がりと沖縄に直結する販路を創造していくのがこのパイロット展開の最大の役割といえるのではないか。そこから始めて、企業でいえば企画から営業の方へ機能が移転され、あるいは販路のパイプが拡大されていく。そこに、これまで全く流通機能を持たなかった県産品の販路開拓の一策として、なぜ行政がパイロット展開までを実施し、資金を投入するかの意味も出てくるし、製造業振興の意義付けも生まれてくるのである。

 以上のような「わしたショップ」展開の意味・意義付けにより、行政が指導する理由はすでに見て来たように「銀座わしたショップ」開 設以来、何を出品していいのか分からなかった製造企業がだんだん本土市場が読めるようになってきたこと、何をつくるべきかも分かるようになってきたことである。そして、既につくられていたものが売れ出し、生産が間に合わないところも出て来て、どうしても設備の増強、増設、工場の拡大、移転というものが避けられなくになってきている。各々の企業が「わしたショップ」開設により従来以上に本土向けに企業努力しており、それほど力をいれてなかった企業までが予想以上の売上増により設備投資が不可欠になっていることも事実である。

4. 一方、これまで全く県産品に目もくれなかった既存の県内流通業者が県産品の分野に新たに進出してきたこと は注目を要する。

  典型的な例は「キラクおおしろ」に見られるように従来の輸入菓子業者が一銭マチヤグワ方式のOEM委託生産を手がけるようになってきたことである。

 注目されるのは輸入洋酒を取扱っていた国場組、朝日物産、国際物産、クラウン商事が泡盛に進出・計画、また、牛肉など輸入業者の琉球ミート、那覇ミート、丸市ミートなどが自由化で新たにものづくりに企業転換を図って、これらミート輸入業者が独自の製品を開発、「沖縄発本土行き」にコマを進めてきたことである。さらに、冷凍流通業者の大伸冷凍、与根冷凍などが県産品市場に進出して来たことは県内製造業の分野を広め、産業として蓄積され始めてきた点が画期的であろう。

 最近ブームとなっているゴーヤー茶も、元は建築関係の企業が火をつけたものである。


2.「わしたショップ展開」の全国的情報発信効果

1.県の情報発信効果

 一般の本土の日本人が沖縄に求めるイメージはその非日常性にある。非日常性とは、いつも行きたい時に行ける場ではなく行きたいという欲求の中でも、実現されるのはあまりにも少ないチャンスしかないということである。しかも、抱くイメージは夏の代名詞にさえなっている。なぜ沖縄に行ったことのない人々が“銀座わしたショップ”を訪れるのが多いのか、もう一つの解明すべきテーマでもある。

 その非日常性が首都圏に住む人々にとって東京銀座に「今しばし」の体験が実現されるとなると当然人気が出てくるし、マスコミに受けてくる。

 これまで物産展をやって沖縄に興味を持ち、関心を寄せて来ていただいた人々は沖縄に何らかの仕事に関連する、あるいは関係のある人々であった。つまり、沖縄を体験している、知人、友人がいる。自然、風土、風俗習慣、地勢上の何かに関心ある人々に限られていた。しかし、今回の“わした展開”によって訪れる人々の過半数はそういう人々ではない。しかも、この中にも外国人も多いということ。これらの現象は本来は我が“わした展開”の最終段階でなければできない。最終のテーマであるはずだ。訪問客は自分達の田舎の人々がほとんどという他県に比べて、沖縄のそれは4〜5%しか来ないということからも理解されよう。訪問客のほとんどが他県人で埋められ、しかも、外国人(とりわけアジア系が最も多い)が多いということも他県のアンテナショップが望んでもなかなかできないことである。

 訪問客の過半数が他県人でかつ、外国人も多いという現象は、本来最も多くの努力と時間を経て実現されるものであると思わせるが、わが沖縄は一気にその域に達した。これが驚異的だというのである。

 この、よくいわれる首都圏へのアンテナショップ展開がなぜ急速にしかも、短期間にできたかというと、言うまでもなく圧例的にマスコミ媒体を通してである。地域からの情報発信の時代を先取りしたのもその背景にあったことは事実であろう。

 つまり、「わした」のPR効果という点でその存在感を理解しようとすると、そこには五つの側面が成立していることに気がつくのである。一つは本土の人々への非日常性の日常化、沖縄の疑似体験の場として。二番目は本当に沖縄を体験した人々、あるいは沖縄病の人々の「思い出」の再現の場として、沖縄と何らかの関連を持ち続けたい、それをいつでも日常的に実現させてくれる場として。三番目は県出身者のコミュニティの場、ノスタルジャーによって都会で劣等感にさいなまされた人々の憩いの手段として。四番目は沖縄産品のルーツをインド、タイ、バングラディッシュ、インドネシア、中国、フィリピン、米国、朝鮮に持つが故に彼の地の人々にとっては自分達のものという意味と、今は本国では見られなくなったふるさとが実現されると言うノスタルジャー感覚である。五番目は最大のテーマとなってきた地方自治体と地域からの情報発信機能の確立、それによる地域の産業興しに連動する手段の実現である。他のどの県でも実験することのできなかった大規模でかつ、富豊かな品揃えをもつ、1日当たり1,000人という集客力のあるアンテナショップの実現は正に「青天の霹靂」であったであろう。93年に政府によって、地域情報発信の時代が打ち出されたにも係わらず、各県、地方自治体が何処に何を実現すべきかと言う未だ具体化していない時期であったがために広く、各県、国、商工会の注目と関心を集める結果になった。それはどんな県がどれだけ視察に来たかを見るだけで充分であろう。なお、95年3月末までのわしたショップ来店客は23万人に上る。

  *非日常性の内容イメージ

  本土の人間が抱く沖縄のイメージは

  1.自然が根底にある、青い海、青 い空、白い砂。島なんだけれど文化がある世界、その中間に健康・長寿が橋渡しする。

  2.その結果、別の世界を連想し、 海外のように感じ、身近な海外として映り、琉球王朝、アメリカン、エスニックと日常な日本人の生活空間、自然時間と距離をもつ内容イメージである。

 以上は来店客の分析を通して「わした」のPR効果の意義を見てきたが、次に取扱物産に視点を移して分析する。

 94年の夏は高温が続き、どの県でも連日30℃、仙台、名古屋に至っては40℃まで記録し、熱帯の日々が続いた。長期にわたり渇水状態が続き、一部の県では95年になってもまだ水不足が解消されず、全国的に人々の生活のリズムを乱した。ほとんど経験したことのない水不足で、熱帯の中で生きる人々の生活が注目される当然ものであった。この類似の条件下で生活する沖縄の人々はどのように生活しているのか。この熱帯の夏を過ごすのに何を食べ、何を飲んで、しかも健康長寿でおれるのかは94年日本のマスコミのテーマにもなった。その中で最も注目され、ブームにもなったのが、にがうり(ゴーヤー)の登上であった。沖縄に行ったことのない人々の訪問客の多くはこれだったのではないかと理解している。ゴーヤーをベースにお茶、ジュース、カステラ、ハンバーグとこれまでに、沖縄でも見たことも、聴いたこともない商品がいろんな形で開発紹介された。

 従来三度の食事の野菜として活用されたゴーヤーが来客用のお茶として、カステラとしての菓子として、ハンバーグとしての外食(食べながら歩く)用に開発され、これまでのゴーヤーの本土向け移出に比べ、これらの用途向けは倍々で伸びている。

 つまり、水不足、台風の沖縄(時たま、94年の台風はほとんど本土に行った)、熱帯の沖縄が毎年のように体験するさまざまな夏を沖縄で生活することなく本土で体験でき、その中で如何に暮らしていくか、如何に自然と対応していくかなど普段の沖縄を(銀座、名古屋、大阪のそれぞれの「わしたショップ」で)情報発信し続けている点が重要であろう。それがマスコミを動かし、また、未だ沖縄を体験してない本土の人々を引きつける結果にもなっているのである。つまり、大切な点は沖縄でなくともよっかたという側面があったことは注目する必要がある。この理解の上で今後の「わした」展開も進めていくことが重要なポイントになっていくし、次の発展への課題だいうことも十分理解しておかねばならない。

2.主な新聞・雑誌にみる紹介と評価(オープン1年間)

 テレビ、ラジオの媒体はまだ掌握されていないが、活字になったものだけでも設立一年間で全国版、地方版含めて18新聞、41回掲載、雑誌類で22種となっている(デ−タは後述)。簡単に分類すると店そのものとしての、地域特産品としての、珍しい食品・食材としての、自治体の自己イメージアップとしての、あるいは、エスニック(異国品扱い)としてのタイ・インド・台湾・フィリピンの料理との比較としての、…などの記事内容が紹介されている。以下主な記事のポイントを取り上げる。

(1) 新聞から

■沖縄の味、広がるファン、物産品繁盛、趣味も活発。

 ゴーヤー、ウコン、三線、エイサーいずれもこれまでなじみの薄かった沖縄独自のものが、いまや東京生活者の食卓や趣味の場に入ってきている。全国有数の長寿県という「健康イメージ」とともに、おおらかな南国のリズムに引き込まれる人が多いようだ(読売新聞94.11.8)。

■人気を呼ぶ「銀座わしたショップ」みんなの店に

 都心の小沖縄になっている(上毛新聞94.5.4)。

 人気「地方発アンテナショップ」銀座中心に続々進出。ふるさと近くなった。県や市の特産物から文化まで(東京新聞94.8.10)。

■ふるさと産品は近きにありて…

 自治体の常設店、都心部に続々、若い女性に好評(日経新聞94.6.2)。

 既存の販売ルートには乗りにくい商品を直接、都市部の消費者にアピールするのが狙いだ。ふるさとの商品が身近になった。地方の出身者ばかりでなく、「普通の店では手に入らないものが買える。」と女性を中心に昼休みや帰宅途中に立寄る一般客の人気も高めている。

 都会にいながら南国気分、沖縄物産の店が大人気。円高の影響で海外旅行が格安になり、沖縄に行けなくなった人々へ沖縄へ行けなくなっても都会で沖縄を体験しよう(纎研新聞94.10.29)。

■増えるアンテナショップ、東京が地方の自己主張の場。(愛媛新聞94.10.6)

■わが町を売り込め、地方自治体の東京ショップ。

 すでに30余店、なお増加中、情報発信機能に期待。(高知新聞94.9.27)

■増えるアンテナショップ 「地方主張の場」続々、情報基地として機能(南日本新聞94.9.22)

■ベストショッピング銀座の一流店。沖縄づくしの銀座わしたショップ

 コバルトブルーのおしゃれな泡盛。(東京スポーツ94.6.24)

■伝統のショッピングタウンに「ニューフェイス」が続々登場、トロピ カルムード満点、1丁目に沖縄がまるごとやって来た。(サンケイリビング94.7.2)

■隅から隅まで沖縄でいっぱい。沖縄で苦労して買い物をするよりここ に来た方が早い。(ゲンダイ94.7.1)

(2) 雑誌から

■東京にみる新・地方の時代京都府東京情報センター。 

 何らかの形で自治体が加わっている(19県)。営業形態は物産品の販 売店が主流だが飲食店タイプも存在する。更に物販のみならず情報発 信基地や交流基地になっているのが特徴である(東京経済情報94.11)。

■健康と驚嘆というキーワードから、浮かび上がったものは杜仲茶と沖縄だった。長寿自慢の沖縄。その原因は決して一つでないことが「わした」に行けばわかる。健康を気づかう人、沖縄に興味がある人、酒 が好きな人、ぶらりと立寄っただけの人、その誰もが楽しめる店とし て紹介している(ダンクック94.2)。

■自治体のコミュニケーション

 −地域からの積極的な情報発信

 −主な自治体アンテナショップ(10県)を紹介うち5県は特産品の販売が主な内容になっている。岩手県・福島県、熊本県、沖縄県が特産品の販売を内容とした展開になっている。いずれも銀座を中心に配置されているのが特徴である(MEDIA REPORT94.12)。

■ふるさと情報発信基地、広がる地方自治体のアンテナショップ。なぜ今年、アンテナショップが次々と開店したのだろうか、それぞれがお互いに申し合わせたわけではないので偶然なのだろう。大消費地東京の生の情報をいち早くキャッチし、地元にフィードバックするだけでなく、自分達の情報を発信していきたいという共通の思いが同時に花開いたのかもしれない。メディアとは新聞、雑誌、テレビだけを指すのではなく、情報を発信し、伝えるものとすれば、これら地方のアンテナショップも立派なメディアである。東京からの一方 通行の情報を受けるだけでなく、積極的に地方の情報を直発信するという動きは、時代が求めているのかもしれない(畜産の情報94.11)。

■「都心で展開する沖縄リゾート・ショップ」

 銀座はQualityの高い商品を提供しやすい利点、が強調され、店内は食品・工芸・花などの沖縄の特産品が豊富に陳列され、とくに食品は青果、トロピカルフルーツ、酒類、健康食品等が充実している(Monthly Gift 94.7)。

■各自治体のパイロットショップが続々オープン。

 3月のオープン当時700人ほどだった来店客数も8月末には平均1,000人を超える。7月には「にいがた物産振興会」が東武百貨店に県産品の常設コーナーを設置。10月には熊本県が「銀座熊本館」をオープンするなど各自治体によるパイロットショップ設置構想はますます広がっていくようだ。数年前までは県産品のネーミングからロゴ、パッケージとトータル的に開発された「ローカル・ブランド」の数々。次なる戦略はその販路開拓なのかも知れない(流行観測10月号)。

■沖縄を知ってもらおう ───沖縄わしたショップ

 沖縄わしたショップの人気度:来店客1日1,000人、300 の店舗面積、8000品目に及ぶ商品群、アジアからの集客も狙う。

 夏の旅行の代名詞が海外旅行に顧客を取られ続けている観光地沖縄のアンテナショップの出店は、人気回復を意図したものです。地盤沈下を起こしている産業をいかに回復させようとしているか、一つの事例(New Report 9月号)。

“わした”を取り上げた全国向け雑誌は21種。メインのテーマは地方からの自治体の動きをとらえている。それもアンテナショップとしての紹介が最も多い。


3.「わしたショップ展開」の経済波及効果

 わしたショップ展開の本来の目的は県産品の本土市場における流通の創造にある。しかしながら実際展開していくと以下のようにいろんな面での波及効果が出てきている。

 ○県経済への直接的効果

 ○物産公社への直接効果

 ○県の情報発信の効果

 ○県人のコミュニティーとしての効果

 ○全国的な県PRの効果

 ここでは県経済への波及効果を検討したい。県産業連関表(S60)の分析事例をベ−スに当公社の取扱額から誘発される経済効果をみていくと食料品製造業が1ポイント増加するとそれぞれ一次の誘発効果は生産で1.49倍、付加価値で0.53倍、就業で0.19倍、雇用で0.07倍増えることになる。仮に当物産公社の94年の取扱高のうち12億円が生産増加額とすると、生産で17億8,300万円、付加価値で6億3,500万円、就業で224人、雇用で86人ということになる。

 誘発する部門の中で、特に農業部門が大きいのは原材料の供給が大きく、直接的な効果を生むからである。もちろん商業、金融・保険等、運輸・通信、電気・ガス・水道は製品化前後の誘発を受けるもので、加えてそれぞれ就業、雇用と効果が生まれてくる。(表−1=略)

 さらに二次効果が生まれる各部門で生じた所得は、その産業(部門)の個人業主や雇用者の家計において、その何%が消費にまわり、消費財の生産部門の直接・間接の誘発を生む。(表−2=略)

 この一次効果と二次効果をまとめたものが総合効果と表現される(表−3=略)もので、この場合、食品製造業1ポイント増加すると、食品工業自身で1.03倍の生産誘発、付加価値効果で0.26倍、就業で0.05倍、雇用で0.05倍の効果を生む。全体では生産で1.75倍、付加価値で0.68倍、就業で0.22倍、雇用で0.09倍の効果を誘発するこ とになる。

 仮に再度、当公社の94年売上に対応する金額のうち12億円が食料品製造業の生産増加額とすると、全体の生産が20億9,700万円、付加価値で8億2,100万円、就業で264人、雇用で114人の効果を生んだことになる。

 農業の生産誘発効果は全体の18.8%、3億3,500万円を占めるが就業や雇用面ではあまり効果はない。やはり食料品製造業の効果が最も大きく、生産で59%、雇用で51%の割合を占める。

 以下の表(略)は波及効果の大きな業種を中心にとりあげる。

 以上をまとめると次のとおりである。

●経済波及効果

生産効果 20億9,700万円

付加価値 8億2,100万円

就  業 264人  

雇  用 114人

●当物産公社、事業波及効果(H7.3.31累計)

卸  売 8,694万円

物産展 1億5,417万円

●全国的PRと県情報発信の効果 −活字になったものだけ−

新 聞 18社、41回掲載

雑 誌 22種


4.「わしたショップ展開」の物産公社への波及効果

 

 93年の物産公社の事業開始から福岡のデパートを中心に展開してきた“わしたショップ”が94年3月には本格的に銀座で、その開設をみた。

その狙いは、なかなか定着しない県産品の販路開拓に従来の点としての「物産展展開」から面としての「わしたショップのパイロット展開」に切り替えることによって、コンスタントに物が売れていくこと(定番化)に狙いがあった。その効果を見ていくと、以下の点から検討していくことができよう。特に当公社に直接効果の出ている内容は卸・問屋機能としての流通・商談とパブリケーションとしての物産展の開拓がある。(以下略)


(株)沖縄県物産公社ホームページへ 電話098(861)0555

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■関連記事(「観光とけいざい」第483号(7月15日)より)●「わしたショップ」…へ

県産品は造るから売る時代へ

 沖縄公庫は公庫レポート『「わしたショップ」―拠点方式による県産品のマーケティング』(A4版百二十ページ)を発行した。沖縄県物産公社の宮城弘岩専務がまとめたもので、六月二十七日の平成八年度公庫融資制度説明会で、宮城専務が講演した。宮城専務は「県産品はつくるだけでなく、売らなければならない」とわしたショップ展開の思想を次ぎのように述べた。

■つくる前に売る

 県産品を売らなければならないと、その仕組みづくりにばく進中だ。県内企業は中小企業というよりもほとんどが小規模企業という実態で、製造業で従業員五人以下の企業が六〇%、商業では八〇%を占める。五人以下の企業が本土で物を売ろうとしたら、造ることができなくなり、一生懸命造ると販売にまで手が回らないという実状で、本土企業より一ランク水準が低い状態だ。個々の企業が販売を手がけるのでなく、束になって販売を展開しないとマーケットを開けない。しかし、時代は県産品にとって有利になってきた。時間のすき間を見間違わずにとらえ、本土展開する。物産公社の仕事のひとつはここにある。

 小規模企業の県外展開は世界一高い運賃など困難が多く、どう克服するかが大きな課題だ。黙っていたら産業は生まれない。誰かが手を汚し、血を流さないといけない。

 今後の製造業は造る努力が二とすると、五は売る努力に振り向けなければならない。残りの三を次ぎの仕事の構想を練る、考える、に当てる。

 県産品は説明しなければ売れない商品だ。これにはきりがないほどの困難がある。

 そこでモノを造ることと売ることを同時か、マーケット先行で行く。売ってから造る。先に受注を取っておく。

■銀座だから成功した

 銀座わしたショップは平成六年三月に開店し、二年が過ぎた。この間、名古屋、大阪、福岡、台北に展開、七月には国際通りに本店をオープンする。ショップに加え、常設の売場を加え十店舗の売る体制がある。

 わしたの魅力は“麁常性(沖縄のモノは本土では非日常的である)沖縄を体験した人の思い出の再現8出身者のコミュニティーの場・ノスタルジアの場げ縄産品のルーツがインド、タイ、バングラデシュ、インドネシア、中国、フィリピン、米国、朝鮮であり、本来的に国際商品であることッ楼茲らの情報発信の機能、だ。

 県産品を売る試みは日本各地で行われており、特に岩手県、長崎県が成功している。岩手県は徹底的に卸機能が中心でピーク時に年間六十億円を売り上げている。長崎県は物産展オンリーで三十三億円を売ったことがある。沖縄(二十億)はこれらとは全く別の取り組みをしている。わしたはマーケティング、商品企画、商品プロモーションがメインで、モノを売る仕組みをどう作っていくかが最大の仕事だ。マーケティングオリエンテッドの手法で展開する。

 沖縄の不利な点は距離がある、電気、水、人件費、土地が高い、技術がないなどだった。しかし、これらは本当の不利な理由ではない。突き詰めて考えていくと、マーケットが小さいということが大きな理由だ。本土の仕入れ担当者に聞くと誰もがパッケージが悪い、値段が高い、デザインが下手という。県産品の売れない決定的な理由は”兵銑値段5’修澄これが劣るとずっといわれ続けてきた。その通りの面もある。しかし、それを信じ込んでいては永久に沖縄のモノは売れない。これをどうするか悩みに悩み抜いて発想を転換した。

 わしたは銀座でオープンしたが、銀座だから成功した。もし、新宿や池袋だったら失敗しただろう。

 発想の転換のヒントは物産展にある。沖縄のモノはデパートの物産展ではよく売れる。しかし、量販店ではダメだ。京王デパートでも物産展では大成功するが、翌日、地下に持っていくと全く売れない。

 その理由は、沖縄のモノが日常品か非日常かの違いだ。

 デパートは回転が鈍く、買いまわり品を売る場所だ。年に数回しか行かない。

 ところが生活必需品は最寄り品で、サンダル掛けで二、三日おきには行く。その場合、安いモノがよく売れる。

 池袋、新宿は何万人もの人が集まり、そこでは安いものでなければ売れない。

 沖縄のモノはゆっくり見て説明を受けて買う。それには銀座しかない。デパート商品的な売り方に切り換える。

■品質・機能・値段の克服

 製造業の常識では先ほどの品質、値段、機能のどれかひとつが競合品に勝れば売れる。沖縄のモノは三つとも劣っていると述べた。しかし、品質とは何か。

 富山や石川県で開いた物産展で沖縄のモノがよく売れたことがある。そこで、なぜ買うのかと消費者に聞いたら、文化があるという。つまり、東京の商品は工業品であり、それは安全、安定という品質があるが、沖縄品には長寿を背景にした文化がある。品質は文化に置き換えることができることが分かった。品質の問題はこれで解決できた。

 機能はどうか。分かりやすい例に塩がある。専売公社が九九・七%までナトリウムを磨き込んだ塩が日本では当たり前だが、沖縄の塩はナトリウムそのものでなく二、三割もミネラル分がある。砂糖も黒糖に はミネラル分がふんだんにある。磨き込んで塩や砂糖のひとつのファクターを抽出したモノに比べ、沖縄の塩や砂糖はより自然に近い状態のモノだ。つまり、商品の機能はオリジナリティーに置き換えることができる。すると、沖縄産品は本土のどの商品よりも勝っている。

 最後の値段は距離があるのでどうしても本土商品と競争できない。しかし、沖縄産品は要説明商品であり、割安感に代えることが可能だ。そこで、一流の地域で売る。値段にこだわらないという地域だ。それによって値段の高さを割安感でカバーする。銀座が成功したのはこのためだ。

 銀座わしたの特徴は、まず規模の面でどの県の県産品販売会社の売場より広い(九十坪)。他の県がどんなに頑張っても地場産品だけを集めたら二十坪まで行かない。第二に他の県、例えば高知県なら、高知の特産品で地場産品をくくれない。沖縄のモノは全部特産品であり、これは本土のどの県もマネができない。

 銀座で県産品が売れている。売れるということは評価されることで、県内製造業にいいモノをつくるというサイクルが生まれている。銀座わしたの商品サイクルは十カ月である。次々に新しいモノを造らなければならない。次の展開は幕張や晴海での商談会だ。