沖縄観光30年史■連載5
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


沖縄独自商品を低価格で販売 先輩諸氏の意見

 「観光とは変化価値の追求である」と説いたのは沖縄ホテルの社長、故・宮里定三氏である。

 「観光客は料金の安いところに流れる」といいきったのは、沖縄ツーリストの故・東良恒社長である。

 宮里氏は観光の本質をつき、今後の沖縄の観光のあり方に警鐘を鳴らしていた。

 一方の東氏は「どうすればより多くの客を呼べるか」観光の実務を説いていた。

 二人とも自分の信念をまげなかった。

 沖縄観光が本格化する前にはこのように沖縄観光の将来を厳しく見つめる観光人が数多くいた。

 幸い沖縄には出発地の本土にないものがたくさんある。食べ物、伝統文化、生活環境、全て違っている。例えば本紙の「観光客の声」にしばしば登場する「赤瓦の屋根がなかった。見たかった」という声に代表されるようにヨソから来る人は自分たちの街で見かけない風物に価値を見出す。沖縄では、青い海、青い空、強烈な太陽の光が代表である。これらは他県が真似の出来ない沖縄独特のものである。宮里さんはこれをいったのである。

 玉泉洞の大城会長と雑談し、話が沖縄独特のものはなにかとなったとき、大城会長は「時差が導入できたらいいね」とつぶやいた。東京との関に 一時間、いやせめて三十分でも時差があれば、経済的に面白いことが出来そうだ。時差がむつかしかったら、「夏時間」の実現も可能性がある。

 戻税制度もそうだった。本土でできないものを沖縄でやった。そのために消費者に歓迎され、多く利用された。この際、沖縄独特のものを研究し、プラス、マイナスを公表して、世論の判断を求める必要がある。

 県内に「本土並」という言葉がが流行ったとき、名護市の若い人達の間で「本土並み」ではない。本土と逆に格差を付けることが大事だ。と主張したグループがいた。名護市の庁舎はこの精神が活かされている。自然の風が庁舎全体に吹き抜けるように考えられている。クーラーはいらない。そしていま「金融特区」。本土に無いものを追求している。大学院大学もそうだ。

 東南植物楽園の大林園長は国営記念公園に巨大な温室を作る計画があると聞いて「不思議ですね。東京のような寒いとろでは温室も必要でしょうが沖縄は雪も霜もない。全体が温室みたいなものですよ。そんなところに温室がいるのですか」

 沖縄は中国、東南アジアの影響を強く受けている。「万国津梁の鐘」が表している。

 東さんは「誘客の最後の決め手は料金にある。こんなに高かったらきませんよ」と日本の物価高に疑問を投げた。

 宮里さんは「綺麗な街、緑豊かな街、温い心で迎える街」へと理論を発展させた。いわゆる「CGG運動」(クリーン・グリーン・グレイシャス)である。行政が取りあげ県民運動に発展するのを期待していたがいつの間にか、うやむやになってしまった。

 「CGGは観光の基本だった」のにである。

 料金をやすく設定するためにコンピューターを活用するテもある。

 そして三十年、スカイツアーズの堤朗社長は今「沖縄は日本を代表するリゾート地である」という。だが、平和を求めるニッポンにふさわしい「リゾート地」だろうか。案外、国民は「日本を代表する」という訴えを忘れているのかも知れない。 (「観光とけいざい」第614号02年7月1日号)  


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