沖縄観光30年史■連載12
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


不気味な国・北朝鮮 拉致事件(1)

 今回は北朝鮮と日本との交渉ついて書いておく。

 日本の小泉首相は平壌に乗り込んで日本人の行方不明者の消息をある程度、知ることが出来た。

  向こうの金正日総書記に日本人を拉致したことを認めさせ、二度としないと約束させた。その際、横田めぐみさんの娘さんと称する少女に関係者が会ったと伝えられた。

 問題はここである。「なぜ新聞記者は立ち会わなかったのか」新聞記者が会っておれば、彼女の様子やインタビューをして、根堀り葉堀り聞いていたに違いない。そうすればめぐみさんの死亡の際の状況も分かっていたはずである。

 この歴史的なトップ同士の会談にマスコミ各社が手をこまねいていたとはどうしても考えられない。各社に読者が期待していたのは、第一に生存者がいたら、インタビューして、(拉致の状況、向こうでの生活、家族への思い、祖国日本への訴え、政府への信頼感など)の率直な話を取材、報道することであった。記者の方もそうだっただろう。ところがめぐみさんの娘と称する少女と官僚が会った、という報道だけである。後で会見の詳報は出たが、写真で少女の姿が報道されていたら、特ダネとして日本中の話題となっていただろう。実はなんらかの規制で報道できなかった。めぐみさんの娘さんがいることも知らなかった、のだろう。不思議に思っていたらロンドンからこんな報道がなされてきた。面会した梅本和義・英国公使がロンドンで記者団と会見し、こんなことをいっていっているのだ。なるほど真相の一端はこれだったのか。

 この記者会見によると、北朝鮮側が被害者の安否リストを日本側に渡して、生存者らとの面会を許可すると伝えたのは十七日。実務者同士が交渉し、日本側担当者が池村保志さんら生存者、横田めぐみさんの娘とされる少女の計五人と面会、質問することで合意した。公使は「平壌市内のアパートを面会場所と指定されるなど、状況は北朝鮮のコントロール下にあった。生存者に「北朝鮮に来た経緯を尋ねても答えづらそうだった」と発言したというのである。

 さらに公使は「写真撮影などを認めるよう再交渉して求めればよかったかもしれない。しかし首相への報告などで時間的な制約もあり、面会の実現を最優先した」と強調、「拉致問題の全容解明ではなく、本人に間違いないか、手がかりを得るための面会だった」という。冗談もやすゆみやすみいえ、といいたい。

 何のことはない、すべて北朝鮮に仕組まれた会談で、日本の小泉総理は手玉に取られたというのが真相のようだ。思うに「北朝鮮は拉致を正直に認めたり」日本の対応を相当研究しているようで、「経済大国ニッポンもこと人権外交ではたいしたことはないと踏んでいた」これが今回の北朝鮮との交渉の真実だった、といえそうだ。ことはすべて官僚しだい。二十数年間も待ち続けた被害者の家族の事はどうでもでもよかった。事務的に運び、終わればいいと思っていたのである。

 日本人の常識では拉致は誘拐とか人質と考える。拉致と認めたり、犯罪を犯しても、謝ればすむというのか、沖縄県民百二十万人が直接関係する日米安保条約の軍事基地問題でもこの調子では県民の悲願を聞いてくれそうにない。この事を今回のトップ交渉で国民に証明して見せた。

 日本政府はほんとうに日本国民を守る気があるのか。不信感は頂点に達する。このことを分からないようでは大臣とはいえない。拉致は犯罪行為である。 (「観光とけいざい」第622号02年10月15日号)  


 |  連載12 |  HOME |
本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は沖縄観光速報社に帰属します。
Copyright (c) 1996 Okinawa Kankou Sokuhousya. No reproduction or republication without permission.