沖縄観光30年史■連載29
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


闘牛とエイサーを共催

■企画は新聞社の販売に直結

 当時、本社(那覇市)には赤嶺さんという元気のいい専務がいた。読者の好みを良く知っている人だった。

 赤嶺さんにあい、中部地方の事情を説明し「闘牛大会に力を入れたい」と申し入れた。

 すると赤嶺専務は「具体的にどうするのか、提案してくれ」という。

 闘牛専門の記者を専任すること。闘牛連合会との共催にし、広報・宣伝は新聞社が責任を持って担当する、と骨子を説明した。

 各地に闘牛組合があり大小約八十の組合が、闘牛の振興に取り組んでいた。「畜産振興」が旗印である。しかし、ご多分にもれず、資金難に苦しんでいた。そのため大会開催の告知広告も極く小さく、良く探さないと分からない状態であった。新聞社の提案は広報/広告は任せてくれ、というものだった。

 新聞は大会の模様、勝敗、牛主の紹介、フアンの喜びの声など、闘牛に関する企画記事、ニュースを取りあげた。富川記者を担当にして当たらせた。

 はじめ、一連の記事に対する違和感が大きく、社内でも反対の声が出た。それでも闘牛の応援をつづけたため、反響を呼びだした。「動あれば反動あり」で新聞社に対する批判の声もあいついだ。曰く「琉球新報はいつから泥臭い田舎新聞になったのだ」「琉球新報は牛の新聞になり下がった」等々だった。

 販売部も大車輪で畜産農家をかけまわった。毎日、三十部、四十部という増紙、切り替えの連絡が入るようになった。新聞の命は部数である。この部数の増加は社内を元気づけた。赤嶺専務は畳一枚ほどの大きな新聞社名入りのガウンを特注して、勝った牛にかけさせた。勝った牛の持ち主は家族全員が牛を中心に集まり、勝利に酔う。喜びに浸っている農家の人達をすかさず、カメラがフィルムにおさめ、紙面に掲載する。

 これをみた牛主達は「オレも新聞に掲載されたい」とばかり、闘牛の盛んな徳之島、宇和島へ出かけていき、強い牛の導入(スカウト)が盛んになった。巨体でビックリさせた「荒岩号」(あらいわ)。カラダは小さいが俊敏な動きの「全島一」(奄美大島で一番になり、この名前がついた)など、闘牛フアンを唸らせた名牛が続々登場し、闘牛フアンを増やし、闘牛熱があつくなっていった。

 「地方は闘牛で部数が増えたがコザ市など都市部では今ひとつだ。考えてくれ」というのが、次の本社の課題であった。

 当時の琉球新報の支局は沖縄市の中心部、胡屋にあった、道路を挟んでコザ警察署、その裏にコザ市役所、市役所とは直線距離で三百メートルくらい離れている。夕方、支局で休んでいると市役所の方から大歓声があがっていくる。

 「あの歓声は何だ」と古くからいる女子社員に聞くと「エイサーコンクールです」という。

 のぞいてみると市役所の狭い中庭に応援団(地域の人達)がくるっと取り囲んで見物している。真ん中に審査員席が設けられ、先生方が採点している。そのうち、採点をめぐってもめだした。

 「採点に不満がある。ウチの方がうまい。」という。収拾には夜遅くまでかかった。

 翌朝、市役所に行くと大山朝常市長がぐったりした表情である。

 「昨夜は大変でしたね」とご苦労をねぎらうと

 「いやあ、大変だったよ」

 「これが前例になって毎回もめたら大変ですよ」

 「そうなんだ。それを考えると、眠れなくてね。何か、名案はないかな」

 と顔をくもらす。

 支局にとってかえり、考えてみた。

 「そうだ、闘牛方式では出来ないか。新聞社、ラジオ、テレビ局も巻き込んでやればいいんじゃないか」

 早速、市長に話すと乗り気になった。

 「面白い、幹部に相談してみよう」

 こうして、闘牛とエイサーの二大イベントが琉球新報社とそのグーループとの共催になった。エイサーの担当には腕利きの真喜屋明記者をあてた。闘牛で農家の関心を呼び、エイサーで都市部の若い人達の関心を集めようというのである。

 この両方に続き物を連載した。

 闘牛の場合は牛と飼育農家のひとたちとの友情物語。エイサーの場合はエイサーチームの団結、秘話である。

 販売部、広告局とも連絡をとり、新聞の拡張に走った。両輪がうまくかみ合って新聞の部数は見る見る増えた。

 ラジオで音が入り、テレビで動き全体がみえる。その上、新聞の写真と記事で詳細に報道され記録になる。地域全体が盛り上がった。新聞の拡張もやりやすくなった。「ライバルを抜きされ」と社員は意気盛んになる。

 闘牛とエイサー、どっちがどっちといえないが沖縄本島中部の人たちはこの二つを好んでいたこともあった。

 好みと言うより、誇りにしていたのである。地域の誇りをとりあげる。新聞の知名度があがった。部数拡張がうまく行きだした。(「観光とけいざい」第640号03年8月15日)  


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