沖縄観光30年史■連載32
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


本土への宣伝が第一

■他の組織の研究も忘れるな

 先に対内宣伝と対外宣伝があると述べた。現在、一番弱いのは対外宣伝だと思う。

 沖縄観光が一番、落ち込んだだとき、当時の観光連盟は会長の宮里定三氏を先頭にキャラバン隊を編成して全国キャラバンを展開した。

 金がないから黒砂糖や沖縄の踊り、音楽をあわせ持って全国の主要都市の目ぬき通りで沖縄を披露した。

 全国規模の旅行社にPRの沖縄の実情を説明して 協力をもとめた。

 実はその前にもキャラバンの実例がある。後に主席になる屋良朝苗さんと、これも後に国会議議員になる喜屋武真栄さんのお二人が「馬小屋教室を無くせ」と全国を歩いて実情を訴えた事がある。

 この時、お二人が所属していた沖教組は全国の新聞、ラジオなどのマスコミに二人の行動予定を知らせ、沖縄の実情を訴えたのである。全国のマスコミが一斉に「馬小屋教室」の事を取り上げたのだから、その反響は大きかった。

 私は当時、福岡の新聞社につとめていた。デスクが一枚の紙を取り出して「お前の郷里から先生方が来ている。会って話しを聞いてこい」。

 早速、連絡を取るとお二人は民宿のような旅館に泊まっていた。お二人は写真や資料を並べて沖縄の教育を説明した。茅葺きの小屋に机も黒板もない、教科書もノートもない文字通りの馬小屋のようなところで子供達は勉強している。お二人は圧倒的な迫力で沖縄の教育を語る。

 こうしてツテを探り、頼み、青少年の教育を全国に訴えた。国民の世論に動かされ政府はしだいに戦後の沖縄に重大な関心を払っていく。

 観光連盟のやり方は違っていた。観光連盟は大組織の日本交通公社に「全国で沖縄キャンペーンを展開する。協力をおねがいします」と頼んだ。

 本土に焦点を当てたことでは同じだったのである。

 ではどんな組織がよいのだろうか。次回はJAの組織を見る。(「観光とけいざい」第643号03年10月1日)  


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