沖縄観光30年史■連載42
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


お客へのマナーが大切

■旅行社幹部が講習会で教えた

 観光の先輩達は観光が沖縄経済の自立に大きな貢献をするとみて観光を重要視した。何度も取り上げた沖縄ホテルの宮里定三社長、再三、登場願っている沖縄ツーリストの東良恒社長などである。

 宮里社長は若い頃、日本交通公社の神戸支社に勤めていたことがあったと語っておられた。その時の話。

 当時、日本は不況で仕事がない。そこで政府は移民を奨励した。南米には大きな土地がみんなを待っている。その大地に夢を載せて沖縄からもたくさんの農家の方が南米に渡航した。金武町の役場の入口に立っている「いざ行かん、我らが家は五大洲」の像はその当時の熱気をあらわしたものだ。

 そのとき旅行社の人達が見て来た南米の話が真に迫っていて、私にも大いに関係のある話に思えた。旅行社の人に聞くと「南米に行く人はみんな不安でいっぱいなはずだ。その不安を一掃するには旅行社の人が現地をみて実状を報告した方がいい」。

 そこで長い時間をかけて南米各地をみてまわり、報告会を開いた。その効き目は絶大で応募する人が殺到した。その子孫がいま南米で成功しているのである。

 この話を聞いて若い私は感激した。

 「旅行社はキップをきったり、手配するだけではいんだ。現地の事情もよく知ってておかなくてはいけない。もし違っていたら、その人の人生を台無しにする。大事な仕事なんだ。これは新聞にも共通する」

 こうして私は「仕事のありかた、金儲けだけではない仕事の大事さ、を聞き、仕事を他人のために真剣にやるという」哲学を知った。

 沖縄ツーリストの東社長と那覇空港でいっしょになったことがある。東さんは飛行機が滑走路を滑って行き、離陸して視界から消えるまでじっと立ってみている。

 「さあ、帰りましょう。どうしたんですか」と私。

 「いやあ、あの飛行機には私の社員が一生懸命働いて集めたお客さんがいっぱい乗っている。皆さん、この旅行に満足して帰ってこれるかな、と思うと心配で心配で…」とつぶやいた。

 宮里定三社長に「自宅がホテルの裏の方にあるのはどううしてですか。ほかの大ホテルの社長は自宅は別にかまえいるではありませんか」と聞くと、宮里さんはこともなげに

 「お客さんにはいつなんどき、どんなことが起こるか分からない。火事が起こるかも知れない。ケガをしてかえってくるかもわからない。そのとき社長が陣頭指揮するのか。それとも社長はどこにいるか分からないでいいのか。それを思うとつくづくホテル業の大変さを感じる」。

 今、沖縄観光も二世の時代に入った。東さんと宮里さんに共通するものは顧客を大事にするということだ。「お客さんあっての仕事」ということだろう。寝ても、覚めてもお客さん。

 今、沖縄観光は回り舞台がぐるっとまっわって二世の時代にはいった。

 「渡久地君、次の時代が心配だな」といわれれた宮里さんの声が耳に残っている。(「観光とけいざい」第653号04年3月15日号)  


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