沖縄観光30年史■連載44
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


国際機関の事務局

■沖縄で複数引き受けては

 沖縄県観光連盟が解散して沖縄県観光開発公社と一緒になり、沖縄ビジターズビューローになったとき、沖縄県観光連盟の会長を長く務めた宮里定三氏はみんなの前で賛美歌を歌ってお別れした。ながいこと沖縄の観光に力を入れてきた旧観光連盟の関係者も胸がつまったようだった。

 とりわけ、「今後、どうなるか知らないが、ビジターズビューローを中心に沖縄の観光が一層発展することを祈る」

 と挨拶したときは、観光関係者は、新しい観光時代に期待する声が錯綜しているようだった。

 宮里氏がホテル組合の理事長をつとめていた関係で、なんでもホテルのことしか考えないと、勘ぐられていたのである。

 一方、県は先にコンベンションセンターを造り、次ぎに誘致機関としてのオキナワコンベンションビューローをつくった。やり手の人員を配してコンベンションマーケットにきりこんだ。その後、沖縄ビジターズビューローとオキナワコンベンションビューローが合併して沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)となる。

 沖縄ではこのほか、首里城も国際会議場としてつかえる。ブセナのコンベンション施設としては万国津梁館がある。またレセプションには識名園もキレイだ。

 こうみてくると県内には国際会議を開く「会議場」はある程度確保されているといえよう。

 問題は国際会議を誘致するための活動が十分かどうかということだ。専門部所を置いて活動することも視野にいれて置かなくてはならないだろう。国際機関をいくつも沖縄に誘致し、OCVBが複数の事務局を引き受けるというくらいの取り組みが欲しい。国際的にはアメリカがこのような取り組みを行って、発言力がある。東南アジアをはじめ各地で会議が花ざかりである。

 OCVBはこれらの現象をどう観ているのだろうか。(「観光とけいざい」第655号04年4月15日号)  


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