沖縄観光30年史■連載47
渡久地政夫(沖縄観光速報社・代表取締役)


リゾートをテーマにした初めてのホテル・ムーンビーチ

 本紙656号に面白い記事がでている。一面トップに旧シェラトンホテルが「健康をテーマ年に改築、来四月にオープンする」というのである。

 これを読んでホテルも、テーマをつける時代になったのかという感じをもった。

 実はホテルが何か特有のものをつけて売ることへ方向転換したことは、何も今回のシエラトンホテルがはじめてではない。ムーンビーチがオープンしたときに、この沖縄で初めてのリゾートホテルは、沖縄の美しい海を徹底的に活用し、ホテル前面に広がるビーチを使い、部屋から素足でビーチへ行けるようにした。これは日本人にもようやく馴染んできたビーチと海のレジャーをもっと広げよう というものだった。青い海に白い帆のヨット、色とりどりの水着と浮き輪、それに真っ白い砂浜。空には白い入道雲が浮かび、さながら、外国映画の1シーンを見るようだった。高級リゾートの誕生である。

 これが受けに受けて、たちまちムーンビーチは全国的な知名度を獲得し、ハネムーナーが押し寄せた。

 三浦友和と山口百恵主演の『赤い衝撃』のテレビロケがおこなわれたのもこのころである、沖縄リゾートの本格的な幕開けである。だが、ムーンビーチの経営は端で見るほど楽なものではなかった。当時ムーンビーチの経営は国場幸一郎氏だったが、国場幸一郎氏は回想録「私の沖縄と私の夢」の中でこういっている。

 ある日、「赤い衝撃」という人気テレビドラマがムーンビーチをメインロケ地に撮影したという話が舞い込んできた。ついては「一行の宿泊費と食事代金を無料にして提供してほしい」とのことであった。例の三浦友和と山口百恵主演のドラマだ。聞けば私たちの提供する経費は七十万円程度である。少しでもムーンビーチの宣伝になるならよいだろうと思った。そのなかにムーンビーチの名前を いれてくれるということで承知した。結果としてなんと三週間も入れてくれたのである。

 三週間の放映が終わった頃、那覇空港から電話があり「小学四年生の女の子が家出してきてムーンビーチに行きたいとといっています。親を呼んでいますが一応お知らせします」といってきた。

 「そんな殊勝な子がいるのであれば招待しなさい」と社員を空港に派遣して迎えに行かせた。

 この事件を契機にムーンビーチが大ブレークした。客が入り始めたのである。特にハネムーン客がどんどん来たのだ。このようにムーンビーチが大ブレークしたとたん、沖縄のリゾート観光が俄然注目を集め、高級リゾート時代の幕開けとなるのである。

 この項はこれで一応おわります。次号からは情報、宿博施設、陸運など、沖縄観光の基本的なことを掲載します。(「観光とけいざい」第658号04年6月15日号)  


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